わけあってその後何度も藤原岳には訪れるのだが、その日は初挑戦だったため美奈子さんに先導をお願いし、道案内を全面的に任せるかっこうとなった。
あらかじめ断っておく。もし読者が似たようなシチュエーションに出くわしたのなら、見知らぬ他人を頼るのはよくよく慎重になってほしい。その人物はどの程度の力量なのか? その人物はどんな意図であなたを導こうとしているのか? あいさつ代わりに二言三言話しただけで瞬時にこうした情報を読みとれるのでない限り、無制限の信用を会ったばかりの他人に与えるべきではない。
〈登山者はみな善人である〉という性善説を根拠にした格言があるけれども、残念ながらまったくの謬説である。わたしは槍ヶ岳山荘で、乾燥室に干しておいたウィンドブレーカーを盗まれたことがある。登山者はみな善人が聞いて呆れる。
* * *
美奈子さんは万事心得ているらしく、迷いのない足取りで先導を務めてくれた。わたしはその後ろをコバンザメのようにただひたすら、盲目的に追従するばかりだった。
どれくらい歩いただろうか。時間を確認していないのであて推量になるが、1時間以上は経っていたと思う。彼女に会ったのが8合目だったのだから、山頂はそう遠くないはずだ。もうとっくに着いていてもおかしくはない。
会話が途切れたタイミングを見計らい、思い切って聞いてみた。
「すいません、山頂はまだ遠そうですかね。お腹空いちゃって」
「まだだよ」
ゾッとするような声音だった。
「美奈子さんに会ったのが8合目でしょ。もう着いててもいいような気がするんですけど」
また道迷いに巻き込まれてはかなわない――。言外にそう匂わせたつもりだった。
「もうすぐだって。いいから着いてきて」
こちらは助けてもらったうえに藤原岳初挑戦の身だ。そうするよりなかった。
さらに1時間は絶対に経っていたと思う。8合目地点から数えればゆうに2時間以上となる。
参考までに〈山と高原地図〉の目安コースタイムは「麓から山頂までの全行程で」2時間40分程度である。多少足の速い健脚者なら、下から登って山頂にいる頃合いだ。どう考えても時間がかかりすぎている。
「着いたよ」
意を決して意見しようとしたちょうどそのとき、めっきり口数の少なくなっていた美奈子さんが唐突につぶやいた。
わたしはすっかり度肝を抜かれてしまった。
山頂は広大な高原然とした場所で、見渡す限りどこまでも続いているように思えた。ススキが生い茂り、アキアカネが無数に飛び交い、畦道で四角く区切られた区画には黄金色に輝く稲穂がこうべを垂れている。
茅葺き屋根の古民家が点在し、壁には鍬や鋤といった農機具が立てかけられていた。情景の全体がきつね色一色で、吹き渡る晩秋の微風にススキと稲が幽かに揺れていた。
いまにも民家から野良着姿の百姓が顔を出しそうな雰囲気なのだが、不思議と人の気配はなく、風の音以外はいっさい無音であった。
「美奈子さん、ここは……?」
「あたしの故郷」彼女は目を細めてうっとりとしていた。「あたしの生まれた場所」
いまでも鮮明に覚えている。彼女は確かにそう言った。このときはそうなのだろうと疑いもせずに納得してしまった。だって、信用するほかないではないか? まったく無関係の集落を自分の故郷だと偽ったところで、彼女にはなんの利益もないのだから。
それ以上に別の理由もあった。わたしは頭に「ド」がつくほどの田舎育ちである。田んぼやススキ、赤とんぼのたぐいにはめっぽう弱い。眼前の情景には子ども時代の郷愁を誘う抗いがたい魔力があった。どう考えてもここは藤原岳の山頂ではないのだが、それは些細なことのように思えた。
わたしは誘われるように古民家の軒先を潜っていた。
内部に入ると縦横4メートルほどの土間があり、そこから三和土につながっていた。三和土にはワラジが何足かきちんと揃えて並べてあったような記憶がある。奥には囲炉裏を板の間で囲った和室があり、真新しいイグサの匂いが鼻をくすぐる。囲炉裏には炭が互い違いに組んであり、赤々と熱を放っていた。7メートルはありそうな高い天井から針金がぶら下がっていて、その末端には半月型の鍋が引っかけてあった。鍋にはサトイモやゴボウなどの山の幸がふんだんに盛り込まれており、ぐつぐつと音を立てて煮られていた。
この光景に圧倒されて陶然としていると、美奈子さんも土間に入ってきた。まるで自分の家ででもあるかのように登山靴を脱ぎ散らかし、囲炉裏の前で足を崩した。彼女は目を細めてほほえむと、自分のとなりに座るよう畳をポンポンと叩いてみせた。
「こっちに来なよ。一緒に食べよ」

























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