※
数十年の月日が経ち、明美はナントカという病気でこの世を去った。今際の際に立ち会えたのは幸か不幸か私だけであった。
明美は歳を重ねても、たとえ病気で全身がやせ細っていても、その奥に美を宿したままであった。枯れ木のような腕が私の方に伸びてくる。
嗚呼。
私の胸がざわつく。何十年と連れ添った妻の最期だというのに、私の頭は別のことで一杯だった。
明美と出会ったあの日、私は殺した女が今度は自分を殺しにきたのだと予想した。その“結末”はまだ失われていないのだ。私は今、妻が死ぬことを除けば幸せの上部に居ると言ってよい。娘の佳代子が二人目の子を産む。仕事も順調で、部長になることを打診されている。
だからこそ。
だからこそ、女は今、私を殺すのだ。
幸せから引きずり下ろし、道連れにしようとしている。
弱弱しい女の腕が唐突に私の襟元を掴み、思い切り手繰り寄せ、頭から丸呑みにするのだ。
私は気づけば明美の手を取っていた。温かな手だった。
明美は顔を倒し、薄く開けた目で私をじっと見ている。今にも消え入りそうな命の灯を私は見ていられなかった。
早く、殺すなら殺してくれ。一緒に楽になろう。
明美の目の端からつう、と涙が零れる。口が微かに動いたが、それは声にならなかった。本当に風で消える焔のように目が閉じられ、私の手中にある彼女の手が脱力した。
最期、明美はあなた――と言ったような気がした。
※
それから十数年後、今度は私の番である。
娘と二人の孫が私の顔を覗き込んでいる。
おじいちゃん、おとうさん――二つの呼び名が朦朧とした意識の中で響いていた。
嗚呼、私は幸せだ。
幸せなのだが。
まだ。
釈然としない。心残りがある。
明美は――あの女は、私にどう落とし前をつけさせる気だろう。まさかこのまま死なせてくれるわけがない。
私は不条理にあの女を殺した。その清算もつけぬままあの世に行けるわけがない。
孫のうちの一人の動きに注目する。少し不自然な気がした。
嗚呼! 遂に! 遂にか!
あの女の意思は娘を介し、孫へと引き継がれたに違いない。当たり前だ。それほどの怨みがあっても不自然ではない。私はあの女の人生を奪ったのだ。それ相応の罰を受ける義務がある。
薄れゆく意識の中で全神経をその孫へ集中させる。孫が大きく口を開く。
――オジイチャン!
私は拍子抜けした。
遂に。
遂に、あの女の――。


























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