奇々怪々 お知らせ

不思議体験

匿名奇望さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

祖父の酒
短編 2026/05/24 17:19 234view

これはおじいちゃんの三回忌で実家を訪れた時のことです。

おじいちゃんは、山あいの小さな村で旅館を営んでいました。おばあちゃんが亡くなってからは廃業して、一人で静かに暮らしていたけれど、二年前、静かに眠るように旅立って。
おじいちゃんの唯一の楽しみは、晩酌でした。
毎晩、縁側に腰を下ろしては、お気に入りの徳利とお猪口で、月を眺めながら地酒をちびちびとやる。
でも、亡くなった時にその酒器セットを棺に入れてあげようと思ったら、家中のどこを探しても見つからなかったんです。
「おじいちゃん、まだお酒が飲みたくて自分で隠したんじゃない?」
なんて親戚の間では笑い話になっていました。法事のたびに、使われなくなった古い客室や軒下、屋根裏からカタカタと不思議な物音がするので、みんな「きっと飲み足りなくてお酒を探してるんだね」って。
三回忌の法要が終わり、親戚も帰った夜。

元客室だった部屋に布団を敷いて眠りについた私は夢を見ました。

場所は、おじいちゃんが愛した中庭。

いつもなら真っ暗なはずの庭が、その夜はまるで銀色の粉をまいたような月光に包まれていて。
でも、そこに、おじいちゃんはいませんでした。代わりに縁側を囲んでいたのは、見たこともない動物たちの集まりでした。
猫にイタチ、リスに鹿、イノシシに猿……。狸や狐までが輪を作って何やら真剣に話し合っています。彼らの口は動いていないのに、不思議と言葉が頭の中に響いてくるんです。
「ねえ、十蔵がいつも飲んでた『粋幻の水』はいつできるの?」
「お月様からこぼれた光の雫を、谷川のせせらぎで一晩すすいだんだ。あとは、熟したアケビの蜜をひと垂らしすれば……」
「十蔵がいなくなったのはきっとあのお水がないからだよ。彼、あれを飲むと、いつもお日様みたいに陽気に笑って、僕たちもつられて笑っちゃうんだ」
「南天を竹の太鼓で潰してみたらどうだろう?」
「家の中をみんなで探したけれど見つからなかったねえ」
「だから僕たちで作ってあげよう」
「そうだよ、あの瓢箪みたいな入れ物と小さい器に完成したお水をそそげば、また、十蔵はここに来てくれる」

「十蔵はしかたないヤツだなあ」
「完成するまではみんな、隠し場所は内緒だぞ」
狐が、庭の隅にある古い灯篭の台座を指差して、クスクスと笑いました。

目が覚めた私は、いてもたってもいられず、懐中電灯を片手に中庭へ飛び出しました。
夢で狐が教えてくれた灯篭の影――そこをそっと探ると、夜露に濡れた、あの懐かしい徳利とお猪口がひっそりと置かれていました。
私は台所へ走り、仏壇に供えてあった地酒を一升瓶ごと持ち出すと、徳利になみなみと注いでお猪口と一緒に縁側へ置きました。

そしてまた私は眠りにつきました。もう夢は見ませんでした。

翌朝、目が覚めて縁側へ行くと。
そこには、空っぽになった一升瓶と、綺麗に飲み干された徳利、そしてお猪口が、朝日を浴びてキラキラと輝いていました。

この土地は、昔から人と自然の境界が曖昧な場所でした。露天風呂に猿が入りに来たり、迷い込んだ鹿と目が合ったり。
おじいちゃんは、ここで静かに暮らすうちに、いつの間にか山の一部、自然の一部になっていたのかもしれません。

1/2
コメント(0)

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。