「ほら!絶対に赤ん坊の声だ!どこかに赤ん坊が捨てられてるんだよ!」
「おい、ちょっと冷静になれよ。こんな人が出入りする山に捨てられているわけがないだろ?それに俺たちより先に隣のばあさんもここに来ている。泣き叫ぶ赤ん坊がいたら、今頃、大騒ぎになっているはずだ。いいか、落ち着け。お前は狐の鳴き声を聞き間違えただけなんだ。」
冷静に説得しようとする父とは裏腹に、浩二さんはさらに興奮状態へとなっていきました。
アミタケを採っていた時のにこやかな表情は跡形もなく、眼尻や眉は吊り上がり、まるで狐のお面のような、そんな表情をしていました。
その表情が私は怖くて、ギュッと握りしめた両手に汗が滲むのを感じていました。
また、狐の鳴き声が山に響きました。
「聞いただろ!赤ん坊の声だよ!俺は狐の鳴き声なんて毎日のように聞いてる!だから聞き間違えるなんてことはありえないだよ!手遅れになったらどうするんだ!俺は探しに行くぞ!」
浩二さんは踏み慣らされた道をはずれ、鬱蒼とした山の奥へと走っていってしまいました。
父は追いかけるにしても、私を連れて行くわけにもいかず、急いで浩二さんの自宅へと戻りました。
車で家に向かっている最中、
「俺は隣のおじさんとじいさん連れて、浩二を探しに行くから、お前は母さんに何があったかを伝えてくれ。」
と言い、家に着くなりお隣へと走っていき、隣のご主人とおじいさんを連れて、また山へと車を走らせました。
私が母に事の顛末を話していると、隣のおばあさんが歩いて来ました。
手には、今朝、採ったアミタケが入ったビニール袋を持っています。
そして、母が私から聞いた話をすると、おばあさんが口を開きました。
「浩二はきっと、狐に化かされたんだね。」
おばあさんの話では、この辺りでは昔から、狐が人間を惑わして、山へと迷い込ませると信じられてきたとの事でした。
化かすというと、何かの姿に化け、誑かすというのがよく知られていますが、私の地元の狐たちは、赤ん坊の声真似をすると言われていたようです。
幸い、近くの里山には、それほど危険な所は無いようで、これまでに亡くなった人はいないそうですが、度々、山で行方不明になったと大騒ぎになることがあったそうです。
どれも、浩二さんのように、山中で赤ん坊の声がすると言い始め、なりふり構わず、山の奥へと消えていくのだそうです。
「お父さん達が見つけて来てくれるだろうから、私らはお昼でも作って待っていましょう。」
そういうと、おばあさんは母にアミタケの入ったビニール袋を渡し、自分の家へと帰っていきました。
正午を知らせる無線が鳴り響き、お昼ご飯を食べ始めた辺りに、父が帰ってきました。
無事に発見し、一人暮らしだった浩二さんを念のため、実家に送り届けて来たそうです。
浩二さんは、さほど山の奥まで入り込んではおらず、見つけるまでにそれほど時間はかからなかったそうですが、発見した時はどこか気の抜けたような感じで、その場に立ち尽くしていたそうです。
聞けば、私たちと逸れた後、急に赤ん坊の声が聞こえなくなり、自分がどのあたりにいるのかも見当が付かず、フラフラと山の中を歩き回っていたとか。
特に大きなけがもなく、無事に済んだわけですが、正直、狐を迷惑な存在に感じてしまいました。
しかし、以前からこのような出来事があったにも拘らず、狐を駆除しようという話はこれまで一度も聞いたことがありません。
話しぶりから、手を出してはいけない存在のような、ただの野生動物とは一線を画す存在に感じます。
ちなみに近所には、小さいですが稲荷神社があります。
信仰の対象という事もあるのでしょうか。
今となっては年寄りも減ってしまい、知るすべがありません。
























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