これは、まだ小学生だった頃の私の家の近くにあった行きつけの古本屋の店主のおやじさんが教えてくれた話です。
今こうやって書いてみると、あまり怖くはないですが、おやじさんの気迫ある語り口は幼心に深く刻まれたものです。それではどうぞ。
『首落ち峠』
昔々、ある所に自尊心が高く、物知りの僧がいた。
若者に村の近くにある地名である『首落ち峠』という名が何故その名前になったのかと理由を問われる。
僧は昔そこには人の首を斬る鬼婆がおり、それを高名な僧が討ち取ったことからだと自尊心から嘘をつく。
そんな話をした事も忘れた頃、僧はその峠を越えることになった。
ちゅるちゅるちゅる、とメジロの声が峠に響く。
薄暗く霧の濃くなった峠は不気味な空気に包まれる。
視界が遮られ、足元がおぼつかないほどに濃い。
そのじめじめとした雰囲気に耐えられず、足取り早く寺へ逃げるように足を進める。
すると、霧の奥から剪定に使う大きなハサミを持った老婆が近づいてきた。
「お前さん、私を知ってるかい?」
と、聞かれるものだから「知らない」と、答える。
「それはおかしいねぇ、あんたが一番知ってて、あんたしか知らないというのに…」と、一言つぶやくとチャキリチャキリと音を立てながらハサミを両手で持ち、襲いかかってくる。
自身がついた嘘が現実になったと気づく。
これは嘘をついた天罰だと思い、膝をつき、手を合わせ、目を閉じ、祈り謝る。
「私はとんだ嘘をついてしまいました、心の底から自分の愚かさを憎みます。どうか、どうかこんな私お助けください。お願いします。」
ほと・・・と、目の前から音がする。
目を開けると、足元を見るとそこには老婆の姿はなく、椿の花が落ちていた。
その後、何事もなく寺に帰り着くと、ようやく気づく。
あの峠は椿の自生地であり、椿の花は花弁を散らすのではなく、ボトリと花全体を落とすことを。
首とはつまり椿の花のことであり、それが落ちる様子から首落ち峠と名が付いたのだと。
この経験からその僧は村の皆にその嘘をついてしまったことを詫び、嘘はつくものではないと身に沁みてかんじたのである。
それ以来、首落ち峠は恐ろしい場所ではなく、僧が誠実さを再確認する場所となったとさ。
どうでした?
怖くはないでしょう。
そりゃ、子供に聞かせる分にはある程度教訓じみたこと言わないといけないんですから、反省しましたで終わらせないと。



























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