仕事帰りの満員電車。完全に日が沈んだ頃。
車両全体が、疲労と湿った空気、そしてスマホのフリック音で満たされている、ちょうどその時間帯に、私は吊革につかまり、ドア付近に立っていました。
目の前には、同じく疲れた様子のサラリーマンが背を向けて立っています。
スマホの見過ぎか、目がひどく乾いて霞んでいたので、私は一度、強く瞬きをしました。
パチッ。
瞼を開けた瞬間、世界が何かずれていました。
目の前にいたサラリーマンの首が、真後ろを向いていたんです。
体はドアの方を向いたまま、頭だけが180度回転して、私を凝視している。
それだけじゃありません。
その顔は、まるでバグった画像データのようでした。
右目が頬の肉に食い込み、鼻が額の真ん中に移動し、口が本来あるべき場所から斜めに裂けて、耳の下まで達している。
「…………え?」
思考が停止しました。
悲鳴すら出ず、喉の奥で空気が引きつる音だけがしました。
男のバグった口が、パクパクと音もなく動いています。
その歪んだ眼球が、ギョロリと不自然な角度で回転し、私と視線が合いました。
恐怖で心臓が跳ね上がり、私は反射的にもう一度、強く目を閉じました。
パチッ。
恐る恐る目を開けると、そこには「日常」が戻っていました。
目の前のサラリーマンは、ごく普通に背を向けて立ち、スマホでニュースアプリを見ています。
首も、顔も、何もかもが正常。
(……なんだ、見間違いか。疲れてるんだな)
そう自分に言い聞かせ、大きく息を吐き出そうとした時です。
電車の窓ガラスに映った、その男の姿が目に入りました。
窓ガラスの中の男は、あのバグった顔をしているのが見えました。眼球は本来あるべき場所をとうに捨て去り、一方は頬の肉の中に深く埋もれ、もう一方は額の割れ目から今にも零れ落ちそうに突き出していました。しかし、その泥を煮詰めたように澱んだ黒目だけは、どれほど顔の造作が崩壊していようとも、意思を持った生き物のように、じっと私自身を見つめていたのです。
直後、電車が駅に着き、私は次の駅で逃げるように降りましたが、それ以来、電車に乗るのが怖くて仕方ありません。
特に、目が乾いて瞬きをした瞬間、目の前の人の首がどうなっているか、確認するのが怖くて。
今、あなたのその目の前にいる人。
本当に、こっちを向いていませんか?






















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