配管の継ぎ目が、ひどく清潔だ。
長年こびりついていたはずの赤錆が、削り取られたように消えている。煤も油もない。そこだけが均一な金属光沢を放ち、まるで最初から何も流れていなかったかのように白い。
あの男が去り際に残した言葉だけが、耳の奥に残っている。
「霊障や怪異の類ではありません。収支が合っていなかった、それだけのことです」
その瞬間、蒸気に混じって揺れていた影は薄れ、熱気の中へ溶けた。
以来、あれは現れない。
「親方」が現場から消えたのは、その少し前だった。
大型商業施設の熱源管理システムが飽和し、異常高温のアラートが連日鳴り続けていた頃だ。増設を重ねた配管は迷路のように絡み、どの系統がどこへ循環しているのか誰も正確には把握していなかった。
親方は設計図を見ずにバルブを回した。
圧力計の微細な揺れで、滞留を嗅ぎ分けた。
最後は必ず素手でボルトを触り、締め具合を確かめた。
だが、ある日を境にいなくなった。
配置転換という報告が届いたが、作業日誌に彼の署名は見当たらなかった。遡っても、最初から存在しなかったように空白が続く。本部は「該当者なし」と答えた。
それでも、私の工具箱だけは親方の並び順で整っていた。
私は触っていない。
重い大型レンチが、配管の上を這い始めたのはその直後だ。
鉄の塊が蒸気の層を滑る。設備を壊すことはない。ただ、計器の前に降りてきては指針を叩き、適切な値へ戻す。
熱暴走は一晩で収束した。
点検口の裏に、チョークで書かれていた。
「誤差の範囲」
それが親方の口癖だった。
私は何度も呟いた。
「もういいんですよ」
そのたびにレンチは天井裏へ戻った。
やがて、調整員が派遣された。
名刺の社名は見慣れない略号だった。履歴を検索しても、会社は存在しなかった。だが入館記録には確かに名前がある。
彼は機械室で言った。
「循環系には、記録されない損失が発生します。消えた熱はどこへ行くと思いますか」
私は答えなかった。
天井の影からレンチが這い出す。























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