私が「親方」と口にしかけた瞬間、調整員が遮った。
「今、それを何と定義しましたか」
視線は計器に向いたままだった。
「見えるかどうかは問題ではありません。収支が合っていない。それだけです」
その直後、レンチは消えた。
以後、施設の熱管理は理論上の最大効率に達した。圧力は揺れない。温度は誤差ゼロ。報告書は「当初より安定運用」と書き換えられた。
清潔な継ぎ目だけが残った。
先週、管理端末に自動スケジュールが生成された。
《地下搬入口 13:00 資材受取》
依頼主は空欄。削除しても翌日復活する。三日目、担当者欄に私の氏名が追加された。
操作ログを確認したが、登録者は空白だった。
その日の13:00、私は地下へ向かった。
シャッターの向こうに気配がある。姿はない。ただ、重い何かを受け取るための両手の重さだけが先に伝わる。
腰の計測器には、現在のシステムに反映されていないデータが保存されている。記録されなかった熱の流量。数値は小さい。だが消えていない。
メモ欄に一行。
「誤差の範囲」
私は思い出す。
調整員は、あの日の作業報告書に署名していない。
入館ログも翌日には消えていた。
消えたのは親方だけではない。
均衡が取れたあと、清潔になったのは配管だけではなかった。
現場から、余分な痕跡が消えている。
入退館ゲートのモニターが一瞬だけ点滅した。
ID:不明
氏名:親方
状態:作業中
すぐに画面は切り替わった。
だが同時に、別の行が一瞬だけ現れた。
ID:私
状態:未処理























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