その夜。
Sさんは、シンク下の収納を開けたとき、ふっと甘い匂いがしたと言う。
ほんの一瞬。気のせいだと言い聞かせられる程度。でも、鼻の奥の“あの痛み”が同時に戻った。Sさんは手を止めて、その匂いの出どころを探した。段ボールか、服か、布団か。何もない。
ただ、床の隅に、見覚えのない黒い点が落ちていた。
豆粒より小さい。指で触れるのが嫌で、ティッシュで掴もうとした。掴んだ瞬間、その黒い点がわずかに動いた。虫だ。虫のはずだ。
なのに、Sさんには一瞬だけ、それがこちらを見たように感じた。
甘い匂いが、ほんの少し濃くなった。
Sさんはそのままティッシュごと捨てた。ゴミ袋の口を何度も結び、外のゴミ箱まで持って行った。部屋に戻ると、匂いは無くなっていた。
***
Sさんはここまでの話を話した後、テーブルのハイボールをグビリと呷って、
「嘘だよ!なかなか怖かっただろ?」
とおどけてみせました。が、
私には、Sさんのこの話を語る時の神妙な顔、あまりに詳細の細かいこの話がSさんの嘘だとは到底思えませんでした。
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