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妖怪・風習・伝奇

期待の新人さんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

大漁
長編 2025/12/05 00:30 263view

 1年前の今頃、沖合に出て漁をしてたら、1隻の船に遭遇した。まさに大和絵で見るような木製の小舟で、そこには笠を被った黒装束の男が突っ立っているもんだから、なんらかの神事かと思っていた。

 日出直後のまだ暗い海の上で、彼の笠の影は異常なほど色濃く、彼の顔全体を覆い隠していた。その雰囲気は異様で荘厳で、どこか恐怖さえ覚えるほどの美しさだった。私はその光景に不思議と見とれてしまった。

 しかし私はそれを邪魔しないようにと、その場を離れ、1-2kmほど離れた場所で漁を再開した。

 その日は不思議と魚がよく釣れた。アジやイワシは船を飛び出すんじゃねえかと言うほど活きがよく、売ったらウン十万と値が着いてもおかしくない一際大きなブリも釣れた。

 そして、今日は儲けたし、少し霧も出てきたし、波も荒くなってきた、早めに帰るかと、港に向かって船をUターンさせた。すると、そこにはさっきの舟がいたのだ。相変わらずそこに立つ男の顔は見えず、その舟の周りだけ異様な空気だった。

 あら、運悪く進路が被っちまった。と、また慌ててその場から離れようとした。しかしその瞬間、舟の上の男がこちらを初めて見上げた。

 目が悪いもんであまり顔は見えなかったが、無精髭が生え、そしてローマ人のような彫りの深いその顔で、こちらに不気味にそっと笑いかけてきた。

 その顔を一目見た瞬間、なぜか私は久しぶりに船酔のような吐き気に襲われた。ただ直ぐに船のハンドルに目をやった為、その顔をまじまじと見るようなことはなかったが。

 その顔は形容することは出来ないが、なにか人ではなかった。違和感があった。どこが違うのかと言われても分からない。パーツの形、配置、それら全てはどう見てもホモサピエンスのものであり、彼を人間と思えないことが不思議だった。と、同時に、皆もそれを見れば人ではないと思えるような、「違和感」があった。

ーーー

 港に着き、船を下ろす。大漁だ!このでっかいブリを見な!と叫ぶと、漁師町の家々から体格のいい漁師がドっと飛び出して見物に来た。パッ、ドッと跳ねる太いイワシ、鮮やかなグラデーションの太いアジ、そして子供一人分はあるサイズのブリ。ある者は拍手し、ある者は酒瓶片手に肩を組んできて、酒臭い口で奢れと笑った。

 騒ぎを聞き付けたのか、はたまた偶然か、そこを町長が通りかかった。私は彼にどうしても聞きたいことがあるのを思い出した。あの小舟のことだ。

 私は村長に聞いた。そういえば、ここら辺で黒装束の男が乗った小舟を見かけて、進路被っちまいまして。祭りあるなら教えてくださいよ。と。

 しかし、村長はそんな祭りは知らないと言った。深く考え込んだ後、少し怪訝な顔をして問うた。

 男の風貌は?…だから、黒装束。髭が生えてて、彫りが深い不気味な顔です。

 目は合ったか?…合ったかは分かりませんが、笑いかけては来たな。ただ目が悪くて、あまり良く見えないですが。

 彼は細い目をギョッと見開き、放心して口を開けた。と、同時に冷や汗がそのしわくちゃの頬を伝った。なんでそんな滑稽な顔をするのか分からなかったが、只事ではないことは理解し、不安感が襲ってきた。まるで、装束の男の顔を見た時のように。

 …全員、海から離れろ。隣町まで車を出せ。今日中は帰れないと思え。

 村長は訛りきった低い声を張り上げた。そして、私の方をジッと見つめ、こっちへ指を指した。

 お前は、家で塩持って隠れてろ。

 私たちは話した。なんで私は逃げられないのか?何が起きたのか?と。しかし村長は、夜が明けるまで隠れろ、の一点張り。

 気づくと、海は曇って霧が出て、まさに一寸先は闇という状態だった。釣った魚達が水しぶきを上げ暴れだし、海からは低く響く男声で歌うような音が聞こえた。港にいた漁師は全員いなくなっていた。村長は港の倉庫へ駆けた。

 暴れだしていた魚が次第に息絶えた頃、村長が伯方の塩を袋ごとこちらへ投げつけ、そして軽トラに乗って私を置いていった。

 私は理解する前に、指示通り伯方の塩を担いで家まで駆けた。荒立つ波の中で、一際大きなザブンという音が聞こえた。私は振り返る勇気こそなかったが、カーブミラー越しに、はっきりとその影を見てしまった。

 何をすればいいか分からなかったが、布団を持って家の押し入れの中に隠れた。押し入れは歩ける程度のスペースがあり、窓もなく、また内側からも施錠ができたからだ。

ーーー

 時計を見ると、20時を回っていた。腹は減り、あの太ったイワシやアジのジューシーな味を想像しては涎が出た。

 それまでになにも起きていない。気配すらない。私は少し呑気になっていたのだと思う。私は大きなくしゃみをしてしまった。

 その瞬間。押し入れがある部屋のドアを、誰かが開けた。サーッと静かに、丁寧にだ。

 それまでに玄関を開ける音も、足音もなかった。だから油断していた。気づくと、手元に抱いた塩の上半分が変色し朽ちていた。そして、押し入れの外、そして中まで、急に何者かの気配が充満した。というより、元からあった気配に今気づいた、の方が正しいかもしれない。

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