笑ってはならない。
泣いてもならぬ。
耳をぬぐい、声で呼んではならぬ。
石を踏むな。
夜の風は、カミのため息である。
《古史断章:「天之川泣也」神話抜粋》
かの地に坐しし神の御名は、天之川泣也(あまのかわなきなり)といふ。
影を持たず、声を発せず、ただ名のみにて渡り給ふ、影無き神なり。
此の神、名を呼ばるるを忌みたまひき。
ひとたび御名を呼ばれしときは、その名を以て人のうちに入り給ふ。
入りて後は、其の者の名を喰らひ、膚(はだえ)を着て歩まる。
その時――
眼は泣きぬれ、口は黙し、声は風にて、音のみ杖を突くが如し。
されど、その影は地を踏まず、ただ名を引き摺るがごとし。
是を以て、村人は知れり。
春に笑わず、
秋に名を記さず、
夏には耳を拭ひて風を避け、
冬には喉を閉ぢて声を潜めたり。
さにて神の風、魂を攫(さら)ふを防ぎしという。
また、村に伝はるは、ひとつの道のみなり。
道の尽きしところに、白き石、立てられし。
此より先は、神の野(かむのの)なり。
人の歩めば、帰らず。
されど、夜ごとに音はあり。
それ、戻り来るに非ず。通りゆく音なり。
音ありて、影無し。
見るを許さず、逸(そ)らさねば灼けらる。
左の肩に痕の残るは、見られし者なり。
村の神主曰ふに、
「見られしとは、すなはち名を渡せしなり。
名を渡せし者は、もはや人に非ず。
言の葉を持たず、声無くして在るものなり」
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