村のあった一帯には、今でもいくつか不可解な地名が残っている。
「カミガミ原」
「ミノアラエ谷」
「イナガワ越え」
「オエカタ道」
これらの地名は、戦後の航空測量において削除されたが、地元の古地図には鉛筆で書き足されている。現地の人間に訊ねても、「昔はあった」というだけで、詳細は語られない。あるいは、語ってはいけないのかもしれない。
そして近年、その山中で見つかったという日記の断片には、こう記されていた。
「道がないのに、まっすぐ進めてしまう場所だった。
振り返ったら、村が消えていた。
後ろに風が吹いて、『名前は預かった』と言われた。
それから、俺は思い出せない。
自分の名前を、誰かが先に名乗ってしまった。
カミの土地では、それが死より先にある」
私がその土地を最後に訪れたのは、数年前の晩秋である。
地図には道がない。だが、ある地点を過ぎると、妙に踏み跡がはっきりしてくる。木々の並びに、わずかな“通り道”のような空間が現れる。
迷いながらも、私はその道を辿った。
そして、白い石を見た。
それは、まるで人のような高さで、表面は艶やかで濡れていた。
私は、踏まぬようにと回り道をした。
その帰り道、ふと気づくと、左肩が重かった。
服の上から触れてみると、じんわりと濡れていた。
自宅に戻ったあと、鏡の前でシャツを脱いでみると、左の肩に、見たこともない印が浮かんでいた。
白く、指の跡のように――五本の筋が、ゆるく弧を描いていた。
その瞬間、窓の外で風が吹いた。
風の中から、私の“名前”が聞こえた。
だが、それは私の声ではなかった。
今、私は名前を伏せてこれを書いている。
左肩には、包帯を巻いている。
人に見られると、“祈らねばならぬ”からだ。
そうでなければ、見られた人間の中に、“カミ”が入ってしまう。

























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