「だが……そいつの正体は分からなかった。名前も、年齢も、どこから来たのかも。小屋に残された手がかりは何ひとつなかった。まるで、最初から“存在しなかった”みてぇに。」
しばらく沈黙が続く。
やがて、管理人はポツリと付け加えた。
「そして――さらに厄介なことが起きたんだ。戦争中の空襲で、この山が焼けてな。
小屋も灰になっちまった。挙げ句の果てに、当時の警察署までやられて……事件の資料は全部、燃えた。」
「だから今じゃ、この話を知ってる人間なんて、ほとんどいねぇ。
……“人喰いの木こり”の話は、記録からも消されたんだ。」
俺と亮介は、顔を見合わせた。
だが次の瞬間、どちらも一言も出なかった。
喉の奥がひきつり、心臓がどくどくと脈打つ。
――人を殺して、肉を調理していた。
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
亮介が青ざめた顔で、唇を震わせながら言った。
「なぁ……まさか、あの時の……あの肉団子って……」
そこで俺の胃が限界を迎えた。
口を押さえて立ち上がると、事務所の外に飛び出し、地面に嘔吐した。
吐きながら、あの“妙に柔らかい肉の感触”が、舌の奥に蘇る。
鼻の奥に、あの鉄のような匂いがこびりついて離れない。
「うっ……うあああああ……!」
亮介も同じように、壁に手をつきながら吐いていた。
俺たちは言葉も出せず、ただ震えていた。
思い出したくもない。けれど、思い出してしまう。
あの夜、笑いながら食べた“あの味”が――何だったのかを。
管理人は、吐き気に身をよじる俺たちを見て、すぐに水を差し出して介抱してくれた。
しばらく座らせて落ち着かせると、ぽつりぽつりと語り始めた。
「実はな……俺のひいじいちゃんは、あの事件を捜査してた警察官だったんだ。」
戦後、ひいじいちゃんはこの山を買い取り、以後それを家で代々守ってきたという。
ひいじいちゃんは長生きして、数年前に亡くなったが、晩年はよくあの事件のことをうわごとのように口にしていた。
『あの木こりはな……まだ人を殺し続けとる。捕まえんといかん』と、繰り返し言っていたんだよ――と、管理人は震える声で付け加えた。
「お前ら、二度とこの山には来るな。そして……この件のことは、人には話すな。警察や役所に言っても、記録は残ってねぇ。変なことに首を突っ込めば、余計に厄介になるだけだ。わかったか?」
























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。