「泊まれっつったろ。……まだ、夜は長ぇんだ」
その声には、もはや笑いも優しさもなかった。
「泊まってけェェェ!!!」
突如、男の喉から獣じみた叫びが迸った。
その瞬間、斧が振り上げられた。
「っ!!」
咄嗟に身をかがめる。
風を切る音が耳のすぐ上をかすめ、髪の毛が数本、宙を舞った。
「走れ!! 亮介ッ!!」
叫ぶより早く、俺たちは同時に動いた。
大学で鍛えた身体が、恐怖に突き動かされて勝手に反応する。
椅子を蹴り倒し、テーブルをなぎ払い、戸口に向かって飛び出す。
背後で斧が木の柱に“ガンッ”と突き刺さる音。
木片が飛び散り、部屋の明かりが揺れた。
暗闇の外に飛び出した瞬間、冷たい夜気が肺に刺さる。
足元はぬかるみ、転げるように斜面を駆け下りた。
「はぁ、はぁっ……こっちだ!!」
亮介の声がどこかで響く。
だが、木々の間を抜けるたび、枝が顔を打ち、視界がぐちゃぐちゃになる。
後ろでは、あの男の足音。
「オォオオオイ!! 泊まってけぇぇぇ!!!」
狂気じみた怒号が、夜の森に木霊していた。
俺たちは、ただ転げるように──生きるために──山を下った。
全力で逃げ出し、森の中を転げ回りながら、俺たちはただ無我夢中で山を下った。
枝が顔を叩き、転げるたびに膝や腕が泥にまみれる。
息はもう喉の奥で焼けるようで、頭の中は「助かりたい」それだけだった。
どれほど走ったのか分からない。
気づけば、東の空がうっすらと白み始めていた。
「……夜、明けてきた……」
亮介がかすれた声で呟く。
その直後、前方の木々の間から人影が見えた。

























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