エリナは彼女の手首に置かれた青年の手を取り、自然と唱えていた。
「私は現し世を去り、貴方のもとにお嫁に行きます」
エリナの頬にも、涙が伝う。
悲嘆からではない、尊き方の妻になるという、歓びの涙だった。
青年がエリナの左手に口吻けをすると、頭の中に「十(とお)と五つの歳月を経たら、迎えにゆく」と声がして、目の前が真っ白になった。
ーーー
「それで、気が付いたら救急車で運ばれていた最中で。一酸化炭素中毒だとかで、私以外の家族はみんな死んじゃったんです。祖父が家族みんなを道連れに、無理心中を起こしたってことになったみたい」
婚約者だという「ざんか様」の話は、まるで夢見心地に恍惚とした表情で細部まで事細かに話していたのに、打って変わって、家族の死についてはまるで何も思っていないとばかりに、淡々と語り、話を終えた。
呆然とする俺、嘲笑を隠しきれない麻衣、憮然とした態度で黙々と唐揚げを食う八潮…エリナのとんでもない話を聴き終えた反応は、三者三様だった。
正直、あまりにもぶっ飛んだ話過ぎて、にわかには信じ難い。
それでも、信じられないというようなことを言えば、エリナの気を害してしまいそうで、俺は精一杯の無難な返しをした。
「えーと…。なんていうか…すごい話だね…」
エリナは俺の真意など気にも留めていないようで、ニコニコと屈託のない笑顔を向ける。
「うふふ。でしょ?だから私、あと3年でこの世からバイバイするんです」
おいおい…。不穏なワードをサラッと出すなよ…。
「私、ざんか様と契ってからは色んなものが見えるようになったんですけど、自分自身に憑いてるものは見えなくて。…それで、同じような霊感を持っている人に出会ったら、必ず聞くようにしてるんですよね」
エリナが横に向き直り、そっぽを向いて酒を飲む八潮を見つめて、続ける。
「ねぇ、八潮さん。私の後ろ、何か見えますか?」
張り付いたようなエリナの笑顔に、何か得体の知れない不気味さを感じた。
「わかりますよね?…わかりませんか?もしかして、嘘、なんですか?」
まるで試すかのような口ぶりと態度だ。
抗議しようとした俺の言葉に八潮がかぶせてくる。
「そう。全部嘘。品川をからかっただけ」
そう言うと、鼻で笑った。
瞬間、エリナの顔から笑顔が消えた。

























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