エリナの家が代々所有していた山、その山中に、「ざんか様」という神様を祀る祠があった。
小さくはあるが細やかな装飾が施されており、かつては豪奢な造りだったことを思わせていたが、現在ではあまり手入れがされておらずほとんどが朽ち果てていた。
そんな姿を不憫に思ったエリナは、時間を見つけては親の目を盗み、祠の掃除をしたり季節の木の実や花を供えたりしていたのだとか。
山に入ることをよく思わない親や祖父母からは、何度か見つかってひどく叱られることもあったが、祠の世話はエリナの楽しみにもなっていたので、何度叱られてもやめなかった。
エリナが小学校4年生の頃からか。
彼女曰く、見た目が派手で家も金持ちという環境を妬んだ同級生により、激しいイジメを受けるようになったという。
田舎の小学校で、全校生徒も200人に満たない中、ほぼ全員から無視されたり嫌がらせを受けていたのだとか。
そんなことが続いたある日の朝。
学校に行きたくないとグズるエリナだったが、両親も祖父母も皆厳格で、どんなにイジメられているから…と力説したところで、相手にもしてもらえない。
弱音を吐くな!姉を見習え!いじめられるお前が悪い!などとなじられるばかり。
それでも頑なに拒否していると、強硬手段に出た祖父が無理矢理エリナの手首を掴み、車に乗せようとした。
彼女はその祖父の手に噛み付くと、隙をついて逃げ出したのだった。
裏山に分け入り、猛然と駆けていく。
(捕まったら学校に連れて行かれちゃう)
ただその一心で。
気がつくと、ざんか様の祠の前に来ていた。
いつもは鬱蒼と暗い山林が、その時ばかりは、木漏れ日がまばゆく祠を照らし出していた。
そしてその祠の隣に、狛犬のような獣の面をつけた、神秘的で儚げな青年が立っていたというのだ。
長くたゆたう、黒く艶やかな髪。金の刺繍があしらえられた、神々しい浄衣。
面のせいで顔は見えないが、エリナの脳内には美しい青年の微笑みが見えた。
非現実的で幻想的な雰囲気にも、エリナの心に恐怖心は全くなく、むしろ喜びや愛おしさで満ちていたという。
青年はゆっくりとエリナに近付くと、彼女の手をとり、祖父に掴まれていた手首を優しくさすった。
「痛かっただろう。かわいそうに」
鈴のように綺麗な声色でそう囁く。
掴まれたとき、強く抵抗したせいでズキズキと痛んでいた手首が、すっと楽になった。
「あんな人たち、死んじゃえばいいのに…」
呟いて、口を覆う。
神様の前でなんてことを…と、こわごわと青年の様子を伺うと、面の下にわずかに見える珠のような白い頬に、つ…と一筋の涙が伝った。
言葉にせずとも、エリナには瞬時に理解できたのだという。
























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