村の中央に、木製の古い門がひっそりと佇んでいた。
その門がゆっくりと軋みを立てながら開いた。
私は息を呑んだ。
ここは私の記憶ではなかった。
いや、私の記憶ではないはずだった。
けれど、この場に立つと、胸の中に忘れかけた何かがざわめき、震えた。
この村は、ある誰かの記憶。
あるいは、私が知らず知らずに取り込んだ、異界の断片なのかもしれなかった。
私は歩き出した。
村の道は静かで、足音だけが異様に響いた。
ふと気づくと、空は曇り、木々の影が長く伸びていた。
目の端で、またあの異形が見えた。
人の形をしているが、目は空洞、口は動かないのに笑う。
それは、私の内なる何かが形を取ったもののようだった。
私は叫びたかった。
だが声は喉に詰まり、冷たい霧の中に溶けていった。
村の家のひとつに手をかける。
扉はひんやりと冷たく、木の節目からかすかな温もりが漏れていた。
何かが私を呼んでいる。
声ではない。言葉ではない。
記憶の底から響く、引き裂かれた過去の音だった。
私は、もはや戻れぬ道を歩いていることを悟った。
耳の奥に、遠くから歪んだ声が聞こえた。
「かやつ……」
それは私の名前であり、また、私の知らぬ誰かの名前でもあった。
その村で過ごすうちに、私は自分が何者であるのか、どこにいるのかが次第にわからなくなっていった。
朝の光は薄く、木々の間から差し込む霧が村を包み込む。
石畳は苔むし、風が運ぶ土の匂いはどこか遠い記憶の香りを呼び覚ました。
だが、人影は一つも見えない。
声も、足音も、息遣いもない。


























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