母は本当は癌ではなかったこと。
ただ昔から情緒不安定な傾向があり、俺を出産してから更に酷くなったこと。
当時住んでたマンション7階のベランダから、1才になって間もない俺を抱きかかえて飛び降りたこと。
母は助からなかったが、偶然俺は母の身体の上になり地面も芝生だったこともあって奇跡的に骨折だけで済んだこと。
それらを包み隠さず親父は俺に打ち明けてきた。
俺はしばらく感情の整理ができず、押し黙るしかなかった。
大声で嘘だと叫びたかった。しかし否定しようのない厳然たる証拠が目の前にあるのだ。
どれだけそうしていただろうか。ようやく俺は立ち上がると自分の部屋へ向かった。
それから机に置いてある写真立てに手を伸ばす。
生まれたばかりの俺を胸に抱いて、優しく微笑んでいる母の写真。
寂しくなった時はよく唯一の形見のこの写真を眺めていて、まさに宝物のようなものだった。
その写真立てを俺は思いきり床に叩きつけた。大きな音を立ててガラスが粉々に砕け散る。
その時、憑き物が落ちたように身体がフッと軽くなったのをはっきり覚えている。
写真も破いてトイレに流した。
その日から10年以上経った今日まで、一度もあの夢を見ていない。
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