それから数日後。
カトウさんが死んだ。
死因は、自殺。
高さ3mの鉄柵にロープを引っ掛けて、首を吊っていたそうだ。
次の日。マナミさんが死んだ。
ビルの屋上から飛び降りたのだ。
首には縄が幾重にも巻きつけられていたらしい。
さらに、次の日。
ミキさんが死んだ。
自ら川に入り自殺したらしい。気管には水が入っておらず、首を絞められた跡があったそうだ。
みんな、あの場に居た人達だ。
他に誰がいたのかは、はっきり覚えていない。
だが、あの場所にいて、あれを見た人間は、みんな、順番に死ぬのだろう。
まるで死へのカウントダウンだ。
しかも自分がどのカウントで死ぬのかすら解らない。
明日なのか。明後日なのか。それとも、もっと後なのか。
この先、絶望しか見えない未来が目の前にある事がこれ程に恐ろしいものだとは思ってなかった。
最近では、目の端に、白い何かの影がちらつく。
錯覚であって欲しい。
鏡を見ることが怖い。
醜く朽ちていく自分の姿の変化が恐ろしい。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪…
ぼんやり霞む目に、携帯の光が舞い込む。電話だ。
着信名を見ると××だった。
僕は、電話口で××に向かって思いをぶちまけた。
「なんで僕がこんな目に合わなきゃならない。何も悪いことなんてしていない。カトウさんもマナミさんも、いい人達だった。撮影に参加した人たちだって、殺されるほど悪い人なんていなかったはずだ。ああ、たしかに、僕は、スリルを味わいたかったさ。怖いもの見たさで、あそこに足を踏み入れたさ。だが、その程度だ。その程度の事は、みんなやってる。
好奇心で踏み込んだ事が、そんなに悪いことだったのか? ここまで苦しむような罪を犯したか? その程度で、僕は死ななきゃないのか? なんでだよ! 不公平すぎるだろ! お前はいいよな。僕にバイトを押し付けて、何事もなくて。そうだ。お前のせいだ。僕がこんな目にあっているには、全部お前のせいだ。お前が悪い!」
最後。
僕は××を罵っていた。
××は無言で僕の罵り声を聞き…、黙って電話を切った。
通話口からのツーツー音を聞きながら、僕は、とんでもないことをしてしまったことに気付く。
僕は、心配してくれていた友達を口汚く罵ったのだ。
恐怖に感情を支配され、友人を裏切ったのだ。
僕は自分のことしか考えていない、愚か者だ。
…死んで当然かもしれない。
僕の視界の隅で、白い影がゆらりと揺れる。
…さぁ、早く来てくれ。僕を連れて行ってくれ。僕を解放してくれ。
…
…
…
…
…
…
その時。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪…
携帯電話がもう一度光る。
××からだった。
××が、もう一度、電話をくれたんだ。
「××! ごめんな!」
僕は、電話口で××に謝る。
「怒ってないよ。」
××の声は優しかった。
「でも、もし君が本当に申し訳ないと思っているのなら…。」
××が僕に語りかける。
「今、お前の前に何かいるんだろう?」
「…ああ。」
そう僕は返事する。
「それを詳しく教えてくれないか?」
…僕は、××の言葉に従う。
…せめて、
僕の最後を、
××に伝えよう。
「…四つの赤い目が見える。
白い格好をした女がいる。
髪が長い。
濡れているみたいだ。
手元に、人形がいる。
赤茶けた着物の日本人形だ。
四つの赤い目が僕を見ている。
ああ、
あいつが、
あいつらが、
近づいてきた。
すぐそこにあいつらがいる。
一歩一歩。
近づいてくる。
あと一歩。
ああもう目の前だ。
手が届くところにいる。
ああ。
あいつが、僕の顔を覗き込んでいる。
濡れた髪が、僕の額にかかる。気持悪い。
あいつの顔が、僕の顔の前にいる。
臭いよ。
息はしていない。
でも、
臭い。
臭いんだ。
腐った匂いだ。
吐きそうだ。
あいつが僕を覗き込んでいる。
血走った目で。
それしか見えない。
胃がひっくり返されそうだ。
ああ、
あいつの手が、僕の首に触れた。
触ってくる。
冷たい。とても冷たい。
死人より、冷たい。
首が、締まる。
僕の体は、動かない。
怖いよ。
とても怖いよ。
でも。
ああ、
やっと、僕は、
死ねるんだ。
解放されるんだ。
ああ、
視界の隅で、人形が笑ってる。
あの赤は、血の赤だ。
さあ、早く。
早く。
やってくれ。
殺してくれ。
…。
……。
………。
嫌だ。
苦しい。
息が出来ない。
死にたくない。
止めてくれ。
駄目だ。
止めてくれ。
体が動かない。
冷たいよぉ。
でも熱いんだ…。
目が霞む。
真っ赤に霞む。
息が、
息が、
できない。
だめだ、止めてくれ。
なんで僕がこんな目に…。
止めてくれ…。
止めて…。
止め…。
…。
…。
…。
「ありがとう。君のおかげで、ボクは恐怖を知れた。」
そう言って、電話は切れた。

























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