いつの間にか、月は雲に隠され、夜の闇が俺たちを覆ってる。
夏だというのに、暑さは全く感じず、冷や汗が冷えた背中を伝い流れ落ちる。
歩みを止めて、どれくらいの時が過ぎただろうか。おそらく、数分のことだったのだろう。
突然のまばゆい明かりが俺の顔を照らし、俺は我に返る。
Aが、懐中電灯を点け、俺の顔に光を向けていた。
「何、ぼーっとしてるのよ。進むわよ。」
Aは、先に進むことを促す。
俺は、引き返すことを提案する。
しかしAは、俺の言葉に同意することなく、Bに扉を開けるように指示をする。
Bは、どこに持っていたのか、バールのようなものを取り出し、扉をこじ開け始める。
二人は、南京錠ではなく、門そのものを壊すつもりのようだ。
俺の制止も聞かず、門の蝶番が破壊される。
支えを失った門の片側が倒れ、それと同じく、門に貼られていた札も、二つに引き裂かれた。
「さ、行きましょう。」
Aは、表情も変えず、俺たちに言い放つ。
「それとも、帰る? 君も、口先ばかりの馬鹿な男の仲間だったのかしら?」
禁則の地に足を踏み入れ、封印の門も壊した。
もう、後には引けない。
俺は、覚悟を決めて、破壊された門を踏みつけながら、森の中に足を踏み入れた。
自然の光が全く差し込むことのない森の小道を、俺たちは、三本の懐中電灯から出る人工の光を頼りに、進んでいく。
遠目から見た時は、山頂まで僅かな距離を歩けば着くものだと思っていたが、恐怖心も手伝ってか、妙に長く感じる。
森の門までは舗装された道も、凹凸が増え、歩きにくくなってきた。
町からそう離れているわけではないはずなのに、森の中は静まり返っている。虫の音もなく葉がする音すらしない。
静寂だけが森を包み、あまりの無音に、耳が痛くなるほどだ。
ふと、俺は何かの視線を感じ、立ち止まる。
そして、周りに目を向けた俺は、ギョッとする。
俺の挙動に、AとBが怪訝な表情を向ける。
「どうしたのよ。」
俺は、二人に横を見るように促し、視線の先を懐中電灯で照らし出す。
「ひっ!」
Aが軽く悲鳴を上げる。
懐中電灯に照らし出された先には、四体の地蔵が並んでいた。
供え物などはなく、びっしりと苔の生え風貌であったが、両の目の部分には苔は無く、代わりに鋭く冷たい眼差しが、俺たちを見つめていた。
それだけではない。
異様なことに、全ての地蔵の首には、幾重にも荒縄がかけられている。
それはまるで、四体の地蔵が寄り添って縛り首に合っているかのような姿であった。
俺は、今まで通って来た道を改めて照らして見て、再び額然とした。
道の両脇に、だいたい2m置きの間隔で四体の地蔵が設置されていた。
そして、全ての地蔵の首には荒縄が巻いてある。
地蔵の数は数十体にもなった。
今まで俺たちは、その地蔵に見つめられながら、ここまで歩いてきたのだ。
「…おい。」
Bが、上の方を指差す。
俺たちに、上を見ろと言っているのだろう。
俺とAは、視線を上に移し、息を飲む。
木の枝から、ヒトガタがぶら下がっている。
数十体なんて数ではない。
数え切れないほどのヒトガタが、
枝から紐で吊り下げられている。
さらに目をこらすと、紐は、ヒトガタの首にあたる部分に結えられていた。
まるで、数え切れないほどのの数の集団が、
首を吊っているかのような光景だった。
その光景に、俺たち三人は恐怖で呆然とする。
最初に我に返ったのは、Aだった。
「なによ。たががお地蔵さんと紙の切れ端じゃない。びっくりさせるんじゃないわよ。」
そう言って、Bの持つバールを手に取り、地蔵の頭を殴りつける。
風化して脆くなっていたのか、地蔵の頭は簡単に砕けた。
Aは続けて、他の地蔵の頭にも、バールを振るう。
石の砕ける音が、森に響く。
「俺にもやらせろよ。」
そう言って、Aからバールを受け取ったBも、地蔵を叩き始める。
「ふん! 驚かしやがって!」
恐怖を誤魔化すように、バールを振るうB。
「さ、すっきりしたわ。先に進みましょう。」
破壊され、首のもげた地蔵を見ているうちに、俺も恐怖心も幾分か薄れた。
三人は、再び歩を進める。

























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