声にならない波が響く。
「……ようやく きてくれた」
「もう さみしくない」
「もっと きて……ねえ……」
その時、佐原の意識が深く沈んだ。
水でも闇でもない。
ただ、“懐かしさ”のかたまりのようなものに、身を預ける感覚。
――彼は、神に近づいていた。
――彼は、神に“思い出されて”いた。
そしてその日、豊橋市南部でもう一人の行方不明者が出た。
年配の釣り客。遺留品は砂浜に残った長靴のみ。
それを聞いた佐原は、何も言わなかった。
ただ、海の方を向いて、静かにまぶたを閉じた。
波が鳴っていた。
――シオナリ様が、また呼んでいる。
最終章:あなたも しずんで
夜明け前。
空と海の境がわからない時間。
佐原敬一はひとり、森の奥へと入っていった。
風はなかった。
鳥の声もない。
ただ、自分の足音だけが、木々に押し戻されるように、重く響いた。
あの祠は変わらずそこにあった。
朽ちたまま、沈黙を守っている。
だが、佐原にはわかっていた。
ここが終点だ。
潮の匂いはない。
けれど、鼻の奥に塩が刺さる。
皮膚がぴりつく。
耳の奥で、“あの波”が鳴っている。
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