それは文字通りの話ではない。
神が通った場所には、音が生まれる。
風がないのに木が揺れ、波がないのに耳が濡れる。
それはすべて、「彼女」の通り道。
資料にはもう一つ、奇妙な注記があった。
「潮成大人は女のかたちをとりて、人を迎えに出づ。
呼び声は人を恋いしうたのごとし。
されど、その正体は“神”にあらず、“神の皮を被りしもの”と記されしもあり。」
神ではない。
では、何か。
佐原は、それを人間の言葉で表すことに躊躇した。
なぜなら――彼女は、名前ではなく“感覚”だからだ。
波の記憶、潮の重さ、体に染みた塩の記号。
それを総じて、**“シオナリ様”**と呼ぶのだ。
その夜、再び夢が来た。
佐原は森の中、裸足で歩いていた。
足元はやはり乾いていたが、沈んでいた。
彼の体がゆっくりと“何かに”吸い込まれていく感覚。
前方に、白い姿があった。
布でも、人でも、神でもない。
ただ、そこに“在る”。
「……おまえは しっていた」
「むかしも ここに いた」
「だから おぼえている」
「だから しずんで」
佐原は、名を呼んだ。
呼んだ覚えはないのに、呼び方を知っていた。
「シオナリ様」と。
すると、白いそれがゆっくりと近づいてきた。
足はない。動いていない。
けれど、確実に距離が詰まってくる。
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