呼ばれる。忘れられる。還る。
――それはただの古い話ではなかった。
佐原は思った。
これは祟りではない。再会なのだ。
人が神を捨てたのではない。
神が人を、待っていたのだ。
第四章:かつて、潮は鳴った
佐原は潮成神社旧跡とされる場所を探した。
かつての地元資料では、その名が頻出していたが、現在の地図には存在しない。
だが文献の交点――海と森の境、かつて“表の海”と呼ばれていた区域の北端――そこに、忘れられた小さな石碑があった。
苔むしたその表面に、かろうじて読める文字がある。
「潮成大人 此処に鎮まる」
「水無くとも 波在りて」
「忘るること 封ずることなり」
忘れられることが、封印。
記憶が断たれた時、神もまた眠る。
だが、人々は再びその土地に踏み入れ、波を感じ、思い出し始めてしまった。
佐原は、Aの自宅を訪れた。
部屋はカーテンが閉じられ、昼でも薄暗い。
Aはもう、普通の話ができる状態ではなかった。
言葉をつなげようとすると、喉を抑え、苦しそうに呼吸する。
しばらくして、Aが囁くように言った。
「……夢を見るんだ」
「自分の体が、誰かのものになってる夢」
「波の中に、なにかいる……。
俺の中から、出てこようとしてるんだよ……あいつが」
Aは指で、耳の中をさすった。
鼓膜の裏から、誰かが囁いているのだと。
佐原は、それを聞きながらも、自分の中の“理解”が進んでいるのを感じていた。
かつて、潮は鳴った。
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