風が止む。
空気が変わる。
音が吸い込まれるように遠ざかる。
GPSは正確に動いていたが、彼の五感は確実に“ずれていた”。
そこに「祠」があった。
⸻
それは、崩れかけた木造の小さな社だった。
扉はない。内部には何も祀られていない。
ただ、土間にいくつもの貝殻と、干からびた海藻のようなものが落ちていた。
「……これが海から来たっていうのか……?」
佐原は膝を折り、周囲を記録しながら、何か“視線”のようなものを感じた。
祠の奥。木の幹の間。
そこに白い何かが揺れていた。
風ではない。
光でもない。
だが、確かにそれは「そこにいた」。
その時――声がした。
「ここは うみのかわり」
「あなたのこと もう わすれてしまっているのに からだが おぼえているの」
「だから はいりなさい おまえも しずんで」
耳ではなかった。
頭の奥、もっと深いところ――血が流れる感覚そのものに、声が“届いた”。
佐原は思わず数歩、後ろへ下がっていた。
祠の奥は暗く、波のように何かが満ちていた。
だがそこには水はない。
地面は乾いている。
それでも、足元がじわりと沈んでいく感覚があった。
彼はそれ以上は進まなかった。
あるいは、進めなかった。
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