違和感を払拭すべく、帰宅後すぐにパソコンを開き検索をかけてみましたが、当然のごとく「枯亡爺」についての記述はどこにも見つかりませんでした。
ならばと思い、後日。田無地区周辺の図書館や歴史館など、個人がまわれるところをまわり、古い文献などに残っていないかを調べてみましたが、それらしい記述は一切ありませんでした。
結局、数日間探し回っても、ことの真相にはたどり着けず仕舞い。
がっかり感ともやもや感の合わせ技で、わたしは大きく肩を落としました。
しかし、調査を進める中で、一点気になることがありました。それは、「田無」という地名の由来についてです。
***
田無──「田んぼ」が「無い」と書く地名。
田無はもともと高台にあり、水を引くことができず、田んぼを作ることができなかった。
そのため、「田無」と呼ばれるようになった。
このような土地柄のため、古くから「水」の重要性を教え込む風習があった。
そのようなことが、様々な文献で確認できました。
これを読んだとき、わたしの中である仮説が頭をよぎりました。
──もしかして、この怪談は、田無という地名が消えることを嘆いた誰かが創作した怪談なのではないか?
水にまつわる内容であることは、田無の歴史と奇妙に符合します。
この話が古い文献に残されていないのも頷ける。
そう考えた途端、全身を悪寒が駆け巡りました。
仮に、仮にこの考察が正しいのなら、それを作り上げた者の執念はいったいどこから湧いてくるのでしょうか?
それに何より、どうして「怪談」という形で地名を残そうとしたのでしょうか?
えも言われぬ気味の悪さが脳内をぐるりとまわります。
そんなことを考えているうちに、あの友人のことさえも、なにか得体の知れないものに思えてしまい……それ以来、自然とわたしは彼に連絡を取ることはなくなり、彼もまたわたしに連絡してくることはありませんでした。
──たまたまいろいろ繋がっただけで、本当はもっと別の由来なのだろう。
頭ではそう理解しているつもりなのですが、それでもやはり、本能的に気持ち悪いのです。
あの日のことを思い出すと、今でも少しだけ……少しだけ、得も言われぬ嫌悪感に苛まれるのです。
あの怪談は、誰が生み出したものなのでしょうか?
彼は、彼らは今も、あの怪談を誰かに語り続けているのでしょうか?
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