憑依【ひょうい】
投稿者:ねこじろう (156)
愛美は笑顔でまた同じ言葉をおかしな具合に繰り返しだす。
その時良輔はゾクリとした。
彼女の肩越しに見える奥のドア前にボンヤリとした黒い人影があるのに気づいたからだ。
だが二度見した時にはそれは消えていて、
気味が悪くなった良輔は無言で踵を返すと家を出た。
それから地下鉄までの路地を歩く途中、彼は携帯を家に忘れたことに気付く。
急いで踵を返すと、走ってから家に戻った。
ピンポ~~~ン
玄関前で呼び鈴を鳴らすが、妻の返事はない。息子たちも登校したようだ。
トイレかな?などと思いながらドアノブに力を込めると、それは容易に回った。
廊下に上がりリビングまで行こうと数歩進むと廊下脇の一室のドアが半開きになっており、そこから微かに楽しげな鼻歌が聞こえるのに気付く。
良太の部屋だ。
隙間から覗くと、室内片隅にある学習机の前に愛美がこちらに背を向け立っているのが視界に入った。
机の上にはゴキブリの入った飼育ケース。
━何をしてるんだ?
一抹の不安を感じながら彼は室内に一歩踏み入り、彼女を凝視する。
肩越しに覗く楽しげに鼻歌を歌う愛美の横顔。
彼は彼女の手元にゆっくり視線を移す。
そしてゾワリと背筋に軽い悪寒を感じると、思わず「な、、何で?」と小さく声を漏らした。
愛美は薄い手袋を着用した左手でゴキブリをつまみ、右手でその足を一本一本ちぎっている。
一匹ちぎり終えたら机の端に置き、また腕を突っこみ一匹取りだすと同じように一本一本ちぎりだす。
机の端には芋虫のような姿にされたゴキブリたちが数匹並び、モゾモゾ蠢いていた。
愛美は一旦手を止め、しばらくそれらを眺める。
それから一回満足げに大きく頷くと、また鼻歌混じりに作業を始めた。
細長く黒い足はポトリポトリと、下に置かれた銀色のボール容器に次々落ちていく。
容器の横には包丁が置かれていた。
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