私が小学生のころの話です。
毎年1回、小学校全体で文化祭のような催しがありました。文化祭といっても高校や大学のような盛大なイベントではなく、クラスごとにスライムづくりや迷路といった企画を開き、当番制で自分のクラスを担当し、当番でない時は他のクラスの催し物を楽しむといったイベントでした。
私の学校だけではないと思いますが、こういったイベントの際にはお化け屋敷の企画は禁止されていました。企画の提案の際、クラスメイトが「どうしてダメなんですか?」と聞いた時、先生は「そういうのを開くとお化けが来ちゃうからダメなんだよ」とおどけた調子で言ったのを覚えています。今思い返せば、それはただの冗談にすぎず、実際は安全性を考えた当たり前の判断だったのですが、私たちクラスメイトはブーブー文句を言いながらも半信半疑な雰囲気でした。
そんな中、私たちの学校で人気を誇った企画がありました。それは、キャスター付きの椅子に子供を座らせ目隠しをして、後ろから押してもらうという催しでした。押されている間、スプレーで水をかけられたり、くるくる回されたりと、子供にとって大変スリルがあり人気の催し物でした。
私も当日、クラスの当番が終わり、早速友達と二人でその企画に向かいました。当番の入れ替わりのタイミングですぐに向かったため、ほとんど待ち時間なしで友達と自分の番が来ました。教室に入ると、衝立が設置してあり中の様子こそ見えませんが、悲鳴や歓声がワイワイ聞こえてきて、とてもワクワクするような雰囲気だったのを覚えています。
先に友達が目隠しをされ、キャスター付きの椅子に座り、男の子に押されて発進しました。すぐに私の番の準備となり、押し手が高学年のメガネをかけた女の子だったのが少し残念でしたが、それでも期待いっぱいで目隠しをされました。その後、押し手の女の子が一言「いくよー」と声をかけて、いよいよ発進となりました。
安全上のため、速度はそこまで出ていなかったと思いますが、目隠しされた真っ暗な状態でキャスターを押されるのはスリルがあり、必死に椅子の手すりをつかんでいました。方向もわからないまま、くるくる回りながら走っていると、周りで声が聞こえてきます。
「この子、小さいから、あんまり速度出すとかわいそうだよ」や「スプレーかけるぞー」と声が丸聞こえの中、私は苦笑いしながらもその企画を存分に楽しんでいました。
始まって数分ごろでしょうか。突如、私の顔に柔らかい何かが当たりました。キャスター自体はそこまで速度が出ていなかったらしく、痛みはありませんでした。ただ突然襲った感覚に私は驚き、「うわぁ」と軽く声を上げてしまいました。私は驚きながらも何を当てられたんだろうとドキドキしながら考えました。感触は人の腕のようでしたが、人の腕にしてはやけに冷たかったのでスライムか何かかなーと考えていると、突如、
「おい」
急に耳元でささやかれたような声が聞こえ、私はすくみ上がりました。なぜならその声はさっきまで歓声を上げていた子供たちの声とは明らかに違う、野太く、中年女性のような声だったからです。心臓がバクバクと音を立てながらも、きっとこのクラスの担任の先生だと言い聞かせながら、椅子の手すりを必死につかんでいました。
キャスターは一定の速度で進み続けます。するとまた、
「おい」
先程と全く同じ声で、またも同じように私の耳元でささやかれます。そして一つの違和感に気付きました。周囲の音が聞こえないのです。いえ、正確にいうと音がどこか遠くなっているのです。先程まで騒がしかった教室がどこか違う空気になっていました。ここで私は何かがおかしいと気づきました。何かがおかしいと理解しながらも、私は何もできません。目隠しを外すこともキャスターから降りることも、声を出すことさえ恐れていました。
するとまた聞こえるのです。遠い音の中で唯一、無機質で野太い声だけが鮮明に聞こえます。
「おい、、、あたったな、、、」
もう何が何だか分からない私は心の中でひたすら謝りました。何が”あたった”のかこの声は何なのか。何もわからずひたすらごめんなさい、ごめんなさいと思いながら早く終わってほしいといった気持ちでいっぱいでした。声が聞こえる度に、心臓の鼓動が速くなり、息をするのも苦しくなってきました。
キャスターは一定の速度で進み続けます。旋回やバックといろいろと動いているのにも関わらず、その声は耳元でずっと聞こえてくるのです。ずっと、
「あたったな、あたったな、あたったな、あたったな、あたったな、、、」
声の間隔がどんどん縮まっていきます。曲を早送りするように、
「あたったなあたったなあたったなあたったなあたったなあたったなあたったな」
「あたたなあたたなあたたなあたたなあたたなあたたなあたたなあたたな」
「あたなあたなたなあたなあたなたなあたなあたなたなあたなあたなたな」
突如、キャスターが急停止しました。その勢いで私の体は前に跳ねました。そのまま椅子から落ちそうになりましたが、そうはならず、私の体は何かに当たり、椅子に押し返されました。
先程までささやいていた声は聞こえません。周囲の音も何も聞こえません。私の荒い息遣いだけが聞こえます。私は何も見えない状態ながらも目の前に誰かいることを感じていました。目隠しの布越しに感じる冷たい空気が、”ソレ”がいることを示していました。私は必死に息を止めようとしました。ばれてはいけないと。そんな私の必死の思いはむなしくあの女の声が聞こえました。
「あたった」
先程まで耳元で聞こえていた声とは同じ声でしたが、それは私より高い位置で声をかけられていることが分かりました。声と同時にどこからかギシギシと音が聞こえます。
「あたった、あたった、あたった、あたった、あたった、あたった、あたった」
私はもう全てが限界でした。私は椅子から転がり落ちそうにながらも逃げようと思い、立ち上がろうとした矢先、
バンッと私の肩が抑えられ、椅子に座らされました。座らされた後もなお椅子に押し付けるように手は私を押し続けます。押し付ける手は、私のキャリーを押している女の子ではありません。もっと大きな大人の手。爪が食い込むように押し込まれ、痛みと恐怖で私は泣きながら、もうどうしていいかわかりませんでした。
あの女の無機質で野太い声は続きます。


























セクハラ絶対許さないオバサンに当たっちゃったんじゃないかな(;´∀`)