水族館

子供の頃、よく水族館に連れて行ってもらっていた。自宅から車で1時間程度の場所にあり、近くには公園もあったので休日ともなれば家族連れで賑わっていた。
大きな水槽の中をたくさんの種類の魚が泳いでいたり、トンネル水槽があったり、深海魚などもいて、何度行っても飽きずに見て回れました。
館内を出るとイルカのショーやペンギン達の行進などもあり、特に私はイルカのショーが毎回楽しみでした。
間近で見るイルカはとても大きくて、トレーナーの指示通りに動いて頭も良く、ジャンプも高く跳んでいて毎回感心して見ていました。

小学4年生の夏休みのある日のこと。
いつもの水族館に家族と一緒に出かけました。
夏休みということもあり、いつも以上に混んでいて館内を見て回るのも時間がかかりました。
「イルカのショーの時間に間に合うかな」
私は12時30分から始まるショーに間に合うか気になって仕方ありませんでした。
急いで館内から出て、ショーの時間になんとか間に合いました。
座る場所もほぼ埋まり、あとはショーが始まるのをワクワクしながら待っていました。
時間になりイルカのショーが始まり、イルカの名前、トレーナーさんの名前をいつものように紹介していた時のことです。
「あれ？今日はあのトレーナーさんいる。」
たまにしか見かけたことのない女性のトレーナーさんがいたので珍しいなーと思っていました。
そのトレーナーさんはいつもステージの端の方にいて、名前も呼ばれずショーを眺めているだけのトレーナーさんでした。
今日は観客が多いためか、イルカのショーはいつも以上に歓声が大きく、盛り上がりました。

ショーも無事に終わり、トレーナーさん達やイルカ達が観客席に向かって手を振り始めると、あまり見かけない女性のトレーナーさんも笑顔で手を振っていました。
気のせいかもしれないが、私と目が合い、「ニコッ」と微笑んでくれました。私はその瞬間、背筋が凍る感覚がしてゾクっとしたのを覚えています。しかし、イルカのショーがいつも以上に盛り上がったためか私も少し興奮していたのであまり気にすることはありませんでした。

数ヶ月後、年内最後にということで水族館に行けることになりました。
館内を歩いていると、前回イルカのショーでたまに見かける女性トレーナーを館内で見かけました。
「あっ、あの人。他の生き物のお世話もしてるんだ。」と思い、遠くから見ていました。
そして、いつものようにイルカのショーを見ることにしました。
私は観客席に座り、ショーが始まるのを待っている時に、ふと視線を下の席の方に向けると、おかしなことに観客席のちょうど真ん中の最前列であの女性トレーナーさんが座っていました。
「あれ？今日はこっちに座ってる。」
観客席側から見て何か気になるとこを見てるのかと思いながらトレーナーさんを見ていました。
イルカのショーが始まり、クライマックスのとこで何気なく観客席に座っているトレーナーさんに目を向けると手を振りながらイルカに指示を出していました。
プール側にいるトレーナーさんと同じ動き。
その指示に従いイルカが泳いだり、ジャンプしたりしていました。
ショーが終わり、席を立とうとした時にプール側が少し騒がしいのに気がつきました。
何やら指示もしていないのにイルカ達が勝手に泳ぎ始めていて、トレーナーさん達が移動するように指示を出していました。
観客席側にいるトレーナーさんを見ると、手を振りながらイルカに指示を出していました。
「なんだ、あの人が指示出してたんだ。」

そう思って見ていると指示するのをやめてプール側のトレーナーさんの指示に従い始めました。
立ち去ろうとした時、
「なんだったんだろうね？」
「まだ、泳ぎたかったのかな？」
と周りの人達が話してるのが聞こえてきました。
「え？あの女性のトレーナーさん、指示出してたじゃん。」と私は心の中で思っていました。
すると妹が、
「女の人のトレーナーさん、最後サイン出してたよね？」と私達に伝えてきました。
それを聞いた両親が、
「え？ショーが終わってからイルカにサイン出してなかったよ。」と妹に言っていました。
「やってたよ。こっちの席の方から。」
私も同じ光景を見ていたので妹の言う通りだなと思いながら歩いていました。
館内への入り口あたりで何気なくプール側を見るとあの女性トレーナーがこちらに向かって手を振っていました。
私は誰に手を振っているのか周りを確認しましたが両親を始め、他の人達は全く気づいていない様子でした。そんな中、妹だけが手を振っていました。
なぜか、その光景が少し異常に感じて妹の手を握り急いで館内に入りました。
「トレーナーさんに手を振っていたの？」と妹に尋ねると、静かに頷いていました。