よくあること
投稿者:マチノスケ (16)
よく、戻ってくるんです。
朝や昼間の明るい時間帯に来て拝んでいった人たちが、早ければその日のうちの、遅くても何日かしたあとの夜に戻ってくるんです。明らかに、精神に異常をきたした様子で……戻ってきた時は音で分かります。日本語のようでどこか違う、よく分からない唄のような念仏のようなものを唱えながら歩いてきますから。声を張り上げている感じは一切ないのに、家の中にいてもハッキリと聞こえるほどの不自然に大きい音量なんです。田舎の静かな夜に、その音が不気味に響き渡ります。このことが分かってからは、ほとんどの家は戸を固く閉ざし窓を閉め切っています。私の家は窓から地蔵の場所が見える位置にあるので、戻ってきた夜は少しだけカーテンをあけて様子を伺うんです。
戻ってきた人と一緒に、変なものをよく目にします。
見えないこともあるんですが、大抵は見えます。並んでる地蔵の中から、何かが出てきてるんです。あまり距離が近くないのではっきりとは分からないのですが、手足が異常に長い、黒い人のような何かでした。私はそれを見て「あぁ、また連れていかれちゃうんだな」って、カーテンを閉めるんです。助けないのか、とお思いでしょうか。あの地蔵がどのようなものなのか、私たち自身も分からないから助けようがないのです。それにあの地蔵は、私たちには無害です。それはひとえに「関わっていない」からだと思うんです。どうにかすれば助けられるのかもしれませんが、下手に干渉したら……関わりを持ってしまったら、今度は私たちの身が危ないんです。だから、こうするしかないんです。
そのあとは嫌な音が、よく聞こえてきます。何かの鳴き声のような音、肉が裂けるような音。ぐちゃぐちゃと噛んでいるような音、何かをすすっているような音、何かを……絞り出しているような音。そんな生理的嫌悪感を感じるような気持ち悪い音が、一晩中聞こえてきます。当たり前ですが、とても眠れたものではありません。正直に言って、どうにかしたいです。あの連れていかれてしまう人たちも、助けてあげたいです。でも、どうすることもできないんです。分からないから。分からなくて、怖いから。「あれ」に対して私たちが出来るのは、ただひたすらに目を背け……眠ることだけなんです。
そして、何事もなかったかのように次の日がやってくるんです。
その日の朝は、村人の全員が目に大きなクマを作っています。皆げっそりとしています。皆、憂鬱な気持ちで満たされています。体調が悪くなって倒れてしまう者も、よく出てきます。みんな心の奥底では、おかしいって分かってるんです。いつの間にか何かが住み着いていたみたいに、村の誰も「あれ」の由来を知らないことも。そもそも「あれ」が、地蔵の皮を被った何かだということも。それでも「よくあるね」「最近多いね」って、お互いを慰め合うんです。人間は「分からない」ということが一番怖い生き物です。何かにつけて説明できるもの、納得できるものを求める人間は、無理矢理にでもそれらを生み出すものなのです。
そして……拝んだ人が戻ってきた時、中から何かが出てきていたあの地蔵たちも、何てことないような佇まいで並んでいます。普通の地蔵となんら変わらない、穏やかな表情で。
でも、ちょっと変わっています。
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