霊道
投稿者:きのこ (15)
すりガラスの向こう側は見えづらいが、ガラスに顔をピッタリとくっつければ、反対側からは顔が見える。
しかし、その毎日廊下を行ったり来たりする何かは、顔がよく見えない。
私にとっては、顔が分からないということは、生きている人間ではないという事なので、誰かに相談することもできなかった。言ったところで、私の頭がおかしいと思われるだけだ。
なぜいつも廊下にいるのかは分からないが、格好からすると、背の高い大人の男性だということは分かった。
すりガラスに両手をつくと、ガシャっとガラスが擦れる音がするが、その音も、他の家族は気付いていないようだ。
父なんて、すりガラスの扉の横に寝ているのに、それでも起きる事はなかった。
そんな部屋で寝ていると、夜中にたくさんの人がゾロゾロと歩いている夢をよく見た。
私が寝転がっているそばを、知らない人たちが通り過ぎていく。
歩いている人達は、私が寝転がっていても、気にする様子はない。
ただ同じ方向に向かって、歩いて行く。
ある夜、また人がゾロゾロと歩く夢を見ている時に、ふと思った。
——この夢、よく見るなー……。
何か違和感を覚えたが、そのままボーっと、歩く人達を眺ながめていた。眠いので頭が全く働いていない。
するとその時、またバンッと大きな音が聞こえたが、それは夢の中の音ではなく、頭を叩かれた時のような衝撃を受けた感じがした。
驚いて、急に目が覚めたようだったが、私はまだ夢の中にいる。そして、
——これは夢だから、早く起きなきゃ。
と思った。
ただ、夢だと気付いても、どうやって起きればいいのか分からない。とりあえず夢の中で起き上がろうとしても、身体が床に貼り付いたように重くて動けなかった。
しばらくもがいていると顔だけが動かせるようになり、歩いていく人達の行く先が見えた。
先は暗いトンネルのようになっていて、たまに引き返そうとする人がいたが、暗闇の方に風が吹いて、吸い込まれて行く。
——あの暗いトンネルの先には、何があるのだろう……?
そう考えていると、このままでは自分も吸い込まれてしまうのではないかと不安になった。
——早く起きないと!
大きな声を出して、全身に思い切り力を入れると、やっと目を覚ます事ができた。
そして、布団から起き上がると、何故か夢の中と同じように、知らない人達が私の周りを歩いている。訳が分からずに怖くなり、急いで隣で寝ていた妹の、足元の方へ移動した。
歩く人達は、夢の中と比べるとうっすらとしていたが、同じように歩いて、押し入れの中に消えて行く。夢の中では暗いトンネルになっていたが、現実ではそこは押し入れで、扉は閉まっている。
結局その日は眠れずに、妹の足元に座ったまま朝まで過ごした。
それからというもの、自分にしか聞こえない音、自分にしか視えない、顔の分からない人達。それに付け加えて、明晰夢めいせきむを見るようになった。
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