足止めの術
投稿者:セイスケくん (23)
「あなたの居場所はここにある」と、過去の思い出を一つひとつ紡ぎながら話し続けた。
最初は無視し続けていた娘も、次第に母の語る言葉が心に染み込み、傷の痛みと入院生活の孤独が彼女の心を揺さぶった。
ある日、河原さんは娘に小さな植物の鉢を差し出した。
「これはね、あなたが小さい頃に育てたものと同じ花よ」と微笑みながら言った。
娘は無言で受け取ったものの、その小さな花をじっと見つめた。
その夜、彼女は小さく「家に戻るのも悪くないかもしれない」と呟いた。
その言葉を聞いた河原さんは、娘の手をしっかりと握りしめ、胸中で言葉にならない感情が込み上げてきた。
退院後、娘は少しずつ教団から距離を置き、普通の生活を取り戻していった。
最初の頃は、教団からの連絡が絶えず、娘は精神的に強い不安を感じた。
仲間からの誘いや圧力に対し、断ることは容易ではなく、何度も迷いが生じた。
しかし、母親の支えと共に過ごす時間が増えるにつれ、少しずつ心の平穏を取り戻し、自分の意思で教団と距離を取る決意が固まっていった。
過去の仲間からの連絡もあったが、その都度不安に襲われながらも、母親の励ましを胸に静かにそれを断る決意をし続けた。
母と娘は共に散歩を楽しみ、かつての日常を少しずつ取り戻していった。
娘は新しいバイトを始め、小さなコミュニティに関わることで新たな生きがいを見つけようとしていた。
ある日、河原さんは娘に「将来何をしたいのか」と尋ねた。
娘は少し考えた後に、「まだわからない。でも、今は普通の生活がいい。母さんのそばにいて、普通に過ごしたい」と答えた。
その言葉に河原さんは涙をこらえながら微笑み、「それで十分よ」と応えた。
後日、河原さんは霊能者を訪ね、感謝を伝えた。
霊能者は静かに頷き、「術が効いたのですね。足止めの祈祷を施しました」と語った。
その具体的な内容を問うと、霊能者は答えず、ただ意味深な笑みを浮かべただけだった。
そして霊能者は河原さんに対して「この先も油断は禁物です」と警告した。
「彼女の心が完全に戻るまでは、あなたの祈りが必要です。愛を持って見守り続けてください」
河原さんは深く頭を下げ、家に戻った。
その晩、娘と共に食卓を囲み、普通の会話を交わした。
その一つひとつの言葉が、かけがえのない宝物のように感じられた。
一方、娘に「なぜあんな無茶をしたのか」と尋ねると、彼女はこう答えた。
「わからない。ただ、あのとき…どうしても跳ばなければいけない気がしたの」
その言葉に河原さんは背筋に寒気を覚えた。
まるで、何者かに操られていたかのような言い回しだった。
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