後悔と…
投稿者:えんたーさんどまん (1)
大井はアイルさんの見ているものを知ってか知らずか、時折肩を払う仕草をしたり、首や肩をくっと伸ばしたりしている。
そして最後はこちらを見て、アイルさんと目が合い、またニコッと微笑んだのだ。
「チエ、あの話、絶対に乗らないで」
アイルさんは冷えた体をさすりながら、チエさんに忠告した。
「…なんで?いい話じゃん。やる気満々だったんだけど」
チエさんに、大井の背後に見えたものについて教えようかとも思ったが、気味悪がられた過去を思い出し、踏みとどまってしまう。
「あんな都合の良い話、裏があるに決まってるよ…。デートするだけで、1日数万から数十万なんて…」
咄嗟に、バイト内容に怪しい部分がある…と指摘した。
「え〜…でも、身元がはっきりしてる人を紹介してくれて、エロもなしっていうんなら、がっつりウリとかするよりはよくない?…それに…」少し間が空き、「それに、私、まとまったお金が欲しいんだよね」と言う。
どういう事?と聞くと、「言ってなかったけど、元々は美容師目指してたんだ。…それで、もうこんな生活も続けてらんないし、真面目に美容の専門行きたいなって考えててさ…」と、照れくさそうに教えてくれた。
アイルさんは、初めて知った親友の一面に驚き、変化に喜んだ。
自分の事のように喜ぶアイルさんを見て、少し考えたチエさんは、「あのさ…」と一変、真剣な眼差しをアイルさんに向ける。
「あんたは、あんたのために泣いてくれる親がいるうちに…家に帰りなよ」
「…は?」
チエさんは、突然のことに唖然とするアイルさんを見据えたまま言う。
「ずっと言おうと思ってたんだ。万引きで補導されたあのときから。あんたのお母さん、警官に泣いて頭下げててさ。その時、あんたはこっち側の人間じゃないって思った。連れ回してる罪悪感がずっとあったんだよ」
「ショックだった。そんなふうに思ってたんだって。心の底では仲間じゃないって思ってたんだなって」
空になったグラスを手でいじりながら、アイルさんは当時を思い出して深いため息をつく。
「…それで、どうしたんスか?」
退屈そうにジャーキーに齧りつきながらも、おとなしく話を聞いてる八潮の横で、オレは少し身を乗り出して聞いた。
まるで一つの映画を観ているような、そんな感覚だった。
「私がキレてね(笑)あっそう!じゃあもういい!あんたの言う通り帰るわ!っつって、店飛び出して来ちゃった。チエ含めて、付き合いのあった連中の連絡先全部消して、荷物まとめて実家に帰ったの」
「で、ヤケクソになって更生したってわけか」
と、横槍を入れる八潮に、「まあそんなとこだね」と笑うアイルさん。
その目元が、ふと陰る。
「でもしばらく経ってから、チエの言葉の真意とか、優しさとか…色々わかってきてね。なんで私、あんな嫌な別れ方しちゃったんだろう…って後悔した。チエに連絡取りたくても、連絡先消しちゃったから連絡できないし、住所も安定してなかったからどこに住んでるのかもわからない」
「…そんなとき、新宿であいつを見かけた」
その日、アイルさんは当時まだ彼氏であったケイタさんと、新宿に出かけた。
荒んでいた時代、足繁く通った新宿。
本来ならば近寄りたくもない場所であったが、見た目も当時とは全く違うし、まあ大丈夫だろう…という気持ちから、数年ぶりにその地に降り立った。
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