後悔と…
投稿者:えんたーさんどまん (1)
東南口の改札を出て階段を降りた、その時。
背筋がビリッと痛んだ。
「嫌な霊が近くにいるとき、スイッチを切っていてもビリつくことがある」
というのは、八潮談。どうやら姉であるアイルさんもそれは同じようで、あぁ…変なのがいるな…と思った。
人混みや、そういう場所(要するに、心霊スポットのような)では、たまにこうなることがあったので、これだけ人がいればそういう奴もいるか…と、目線を上げる。
視界に、真っ黒に淀んだ何かが見えた。
「なにあれ…」思わず小さく声が漏れたが、慌てて口元を押さえた。
気付かれたらマズい…。咄嗟にそう思えるほどの、禍々しい「かたまり」だったという。
見たくはないのに、なぜか視線が釘付けになってしまう。
見つめるほどに輪郭がはっきりとしてきて、それはコールタールのような何かが纏わりついた、人間だとわかった。
そのヒトガタのものは、ビルの出入り口付近で数人の男と談笑しているようで、こちらに気付いてはいないようだ。
身なりのいい装い、腕に光る高級時計。
そして何より、タールの中の、恨みがましいたくさんの顔…。
…大井だ…。
間違いない、あの男は、あの時の、あの恐ろしい、男だ…。
胃の内容物がせり上がってくるのを感じる。
「八潮さん?大丈夫?」ふいに、ケイタさんの声が聞こえて我に帰った。
永遠にも感じるほどの長い時間に感じたが、それでも足を止めていた時間は数十秒だったようだ。
心配そうにこちらを覗き見る、優しい瞳。
安心して、彼に少し体を預けた。
「体調悪そうだね…?今日はもう帰ろうか…?」
「大丈夫。なんだろう、立ち眩みかなぁ」と言い、笑顔で彼を見た。
…が。
彼の肩越しに、こちらを見据える目があった。
大井に纏わりついたタールから覗く、2つの目。
タールの中を泳ぎ、ゆっくりと目の周りが象られてゆく。
その目には、顔には、見覚えがある。
「うそ、うそ、どうして、なんで」
こちらを見つめる眼には、寂しさとも虚しさともとれる感情の色が浮かんでいる。
取り乱したアイルさんをケイタさんが抱きとめたあたりで、アイルさんの記憶は途切れた。
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