そしてようやく一つの部署のファイル全ての訂正が終了したある日の昼下がりのことだった。
ここに配属された最初の日に総務部の社員に言われたのは、一つの部署の訂正が終わったら部長に報告をして欲しいということだ。
─もしかしたら、元の部署に戻れるかもしれない
淡い期待に少し元気を取り戻した彼は室を出ると、同じフロアにある総務部に行った。
縦長の室内には社員たちが整然と並ぶ事務机の前で黙々と仕事をしている。
奥にある窓を背にしてデスク前に座るM部長は、銀縁のメガネを丁寧に拭いていた。
失礼しますと言ってから室の片側を真っすぐ歩く澁谷を、社員たちは一瞥もしない。
彼はM課長の傍らに立つと、作業が一つ終わったことを報告する。すると部長はメガネを拭く手を止め胡散臭げに彼の顔を見上げると、耳を疑うようなことをのたまった。
「そしたらそのファイルを全部ビル裏手にある焼却炉に運んでから一つ残らず燃やして。
それが済んだら今度は資材部のファイルの訂正を頼むね」
一瞬で澁谷の頭の中は真っ白になった。
彼はゾンビのような覚束ない足取りで資料室に戻り台車にファイルを山積みすると、押しながら廊下奥のエレベーターに向かった。
※※※※※※※※※※
およそ4カ月かけて訂正を終えたファイルを全て焼き尽くした澁谷は、いつもの事務机の前に座る。
千切れ雲が疎らに散らばる青空の下に広がるいつもの街をしばらく眺めていると、ちょうど街の真ん中辺りに見慣れないものがあることに気付いた。
─あれは?
彼は改めてそこに視線をやる。
ちょうど碁盤の目のような住宅街の外れの丘にポツンと立つそれは黒い煙突だった。
煙突はもうもうと灰色の煙を吐き続けている。
━あんなところに煙突とかあったっけ?
訝しげに思いさらにそれを凝視していた彼は、煙突のてっぺんで何かが動いているのにさらに気付く。
























オカルト的な怖さより普通の人が正気を失って行く様がとても怖い。それが戦時下であれ企業であれ平気で追い詰めて行く人の存在はもっと怖い。
コメントありがとうございます
正に人間の所業こそが恐怖です
━ねこじろう
会社の人達(田中さんを含む)の主人公に対する接し方の違いが緻密に書かれているのが良い!主人公は「訳あり部署」で一人仕事をさせられる孤独感や虚しさ、哀しみを、田中さんとの会話で紛らわしていたのでしょうか。
このお話の田中さんが好きで、時々読みに来ています。総務部資料係の男性は温厚そうですが、本当に主人公に純粋な好感を寄せていたのでしょうか。穿った見方かもしれませんが、小癪な大学の同期が自滅行為をしてくれたので、安堵しているのかもと思いました。