それから背後に並ぶ書棚の一番端まで歩くと、渾身の力を込めて押す。
やがて棚はファイルを落としながら前方に傾きだし、他の棚を伴いながら次々将棋倒しのようにバタバタと倒れていった。
そしてポケットに入っている100円ライターを片手に持つと火を灯し、床に散乱したファイルに投げ込む。
それから入口ドア前まで歩き、ドア横に置かれた傘立てからおもむろに傘を一本抜き取った。
そしてそれを片手に持ったまま室を出てから廊下を真っ直ぐ進むと、静かに総務部のドアを開く。
相変わらず社員たちは彼には一瞥もしない。
室一番奥に座るM部長はというと、メガネを外してから新聞に目を通していた。
澁谷は無表情で真っ直ぐ歩くと、部長の傍らにたどり着く。
そしてしばらく無言でそこに佇んでいた。
ようやく彼の存在に気づいた部長が訝しげな顔で何かを言おうとしたその時だ。
澁谷はいきなり片手で部長の髪をぐいと上方にひっぱると、もう片方の手に持った傘の鋭利な先端でぽっかり開いた部長の口目掛けて力任せに突いた。
金属の先端は首筋まで一気に突き抜ける。
━あがっ、あががが、、
M部長は黒目を寄せおかしな悲鳴を上げたまま椅子ごと後方に倒れると、口からたらたら血を垂らしながらビクンビクンと全身を痙攣させている。
何事か?と立ち上がった数人の社員たちを尻目に澁谷は再び入口ドアまで歩くとまたゆっくり開けてから、社員たちの悲痛な悲鳴を背中で聴きながら室を後にした。
※※※※※※※※※※
澁谷はエレベーターで一階まて降りると、会社前の道でタクシーを拾う。
助手席に乗り込んだ彼は運転手に、とにかく西に走ってくれと言った。
運転手は少し怪訝な顔をしたが、やがて走り出す。
澁谷は、フロントガラス越し前方に見える真っ黒で巨大な煙突だけをひたすら目で追っていた。
ようやく煙突の近く辺りと思われる場所まで来た彼はタクシーを降り、よろめきながらも走り出した。
煙突は住宅街を抜けた小高い丘の上に、ひっそり立っているようだ。
澁谷は丘の法面を息を切らしながら一気に登りだす。
そしてようやく彼は丘の上に立った。
雑草があちこち生えた平地の真ん中には、巨大な石造りの煙突がそびえ立っている。
煙突を形作るレンガはかなり古くて多くが風化しており、あちこちカ青ビも生えている。

























オカルト的な怖さより普通の人が正気を失って行く様がとても怖い。それが戦時下であれ企業であれ平気で追い詰めて行く人の存在はもっと怖い。
コメントありがとうございます
正に人間の所業こそが恐怖です
━ねこじろう
会社の人達(田中さんを含む)の主人公に対する接し方の違いが緻密に書かれているのが良い!主人公は「訳あり部署」で一人仕事をさせられる孤独感や虚しさ、哀しみを、田中さんとの会話で紛らわしていたのでしょうか。
このお話の田中さんが好きで、時々読みに来ています。総務部資料係の男性は温厚そうですが、本当に主人公に純粋な好感を寄せていたのでしょうか。穿った見方かもしれませんが、小癪な大学の同期が自滅行為をしてくれたので、安堵しているのかもと思いました。