彼はその周囲をゆっくり歩くと、てっぺんまで伸びた錆びて赤茶けた梯子の前に立った。
それからそれに足をかけると慎重に登りだす。
途中何度となく止まり下方に視線をやった彼はその眺めに足がすくんだが、それでも恐怖と戦いながら黙々と登り続けた。
※※※※※※※※※※
そしてようやくてっぺんにたどり着く。
なんとか排煙口の端に上がり、四方からふく風で髪を乱しながら四つん這いのまま辺りを見回した。
そしてアッと声をだした。
くたびれたワイシャツに黒のスラックスという見慣れた風体の男が澁谷に背を向け座っている。
「田中さん?」
彼は思わず声をかけた。
すると肩越しに振り返った男は澁谷を見ると、微かに微笑んだ。
澁谷は四つん這いのまま慎重に進み男のところまで行くと、隣に並び座る。
太陽はすでに彼方に臨む山脈の狭間辺りにまで来ていた。
朱に染まった荘厳な街の光景にしばらく目を奪われていた彼が
「田中さん、、、」
と呟き再び隣に視線をやった時、そこにはもう誰もいなかった。
澁谷が訝しげに首を傾げていると、
━ぉぉぉぉぃ!、、ぉぉぉぉぉぃ!
何処からだろう、誰かが呼ぶ声がする。
それは投げ出した足下からのようだ。
恐る恐る下方に目をやると、思わず「あ!」と声をだした。
真下の地表で田中さんが澁谷の方を見上げながら手を振っている。
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オカルト的な怖さより普通の人が正気を失って行く様がとても怖い。それが戦時下であれ企業であれ平気で追い詰めて行く人の存在はもっと怖い。
コメントありがとうございます
正に人間の所業こそが恐怖です
━ねこじろう
会社の人達(田中さんを含む)の主人公に対する接し方の違いが緻密に書かれているのが良い!主人公は「訳あり部署」で一人仕事をさせられる孤独感や虚しさ、哀しみを、田中さんとの会話で紛らわしていたのでしょうか。
このお話の田中さんが好きで、時々読みに来ています。総務部資料係の男性は温厚そうですが、本当に主人公に純粋な好感を寄せていたのでしょうか。穿った見方かもしれませんが、小癪な大学の同期が自滅行為をしてくれたので、安堵しているのかもと思いました。