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呪い・祟り

セイスケくんさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

廃屋の影
短編 2024/10/04 11:53 583view

その日、山崎健太は久しぶりの休みを利用して、友人から教えられた「写真映えする」という廃墟を目指していた。32歳の彼は、都心の広告代理店で忙殺される日々を過ごしており、最近では休む暇もなく、ストレスが溜まり続けていた。気晴らしに大自然の中で撮影をすることが、彼の唯一の楽しみだった。

車を降り、山道を歩き始める。しんとした静寂の中、足音だけが響く。木々は鬱蒼と生い茂り、かすかに聞こえる風の音すら、不気味な囁きに変わっていくようだった。夕闇が山を包み込み始めた頃、彼の目的地が姿を現した。

苔むした石垣と、崩れかけた木造の廃屋。割れた窓と、風に吹かれて外れかけた扉。人が長く訪れていないことを物語っている。写真家として、こうした風景は非常に魅力的だった。山崎は早速、カメラを取り出し、風景を切り取ろうと構えた。しかし、レンズ越しに視線が窓に吸い込まれる。——その瞬間、彼は立ち止まった。

「何か……いるか?」

窓の向こうに、一瞬人影のようなものが揺れた気がした。山崎は目をこすった。再度レンズを覗き込むが、誰もいない。ただの幻覚だ。長時間の仕事の疲れで、感覚が鈍っているのかもしれないと彼は笑みを浮かべ、シャッターを押した。だが、心のどこかに染みついた不安感は、容易に拭い去れなかった。

廃屋に一歩足を踏み入れると、空気が一気に重くなった。床板がギシギシと不快な音を立てる。天井の梁が崩れかけ、壁はひび割れ、廃墟らしい荒れ果てた姿だった。しかし、中心に置かれた古びたテーブルの上に、異様なまでに保存状態の良い写真立てが目に入った。

「……不思議なものだな」

山崎はカメラを下ろし、写真立てに手を伸ばした。ホコリを払ってみるが、そこに写されているはずの写真は、黒く劣化して何も見えない。それでも、まるで誰かの顔が浮かび上がるような奇妙な感覚が襲ってきた。

フラッシュを焚いて写真を撮ろうとカメラを構える。シャッター音と同時に、背後から「ギシッ」という床板のきしむ音が聞こえた。振り向くが、誰もいない。

しかし、先ほどまでよりも室内が異様に冷たく感じられた。冷気が肌を突き刺し、息が白く見え始める。山崎は嫌な予感を覚え、そろそろここを立ち去ろうと決意した。だが、何かが彼を見ているような感覚がぬぐえない。廃屋の中には自分しかいないはずだ。しかし、その「何か」が確かに彼の近くに潜んでいる。

「気のせいだ」と自分に言い聞かせ、山崎は足を踏み出した。すると、突然頭上からぽたぽたと音が響く。暗い天井を見上げると、崩れた梁の隙間から黒い液体が滴っていた。その隙間の中、目が合った。

「……目だ」

彼は硬直した。そこには人の目が、じっとこちらを見下ろしている。瞬きをすることもなく、冷たく、空洞のように見えるその瞳。全身が凍りついたように感じた。足を動かそうとするが、体が動かない。その時、背後で「バタン」とドアが閉まる音がした。

山崎は息を詰め、振り返る。廃屋の外へ出ようと、ドアの方へ向かおうとするが、足が鉛のように重く動かない。まるで空気そのものが彼の体を押さえつけているような圧力を感じた。

そして、再び「ギシッ」という足音が。今度はすぐ背後からだ。誰かが、山崎のすぐ後ろに立っている。

「誰だ!?」

叫びたい気持ちが込み上げるが、喉が焼けついたように声が出ない。振り向くと、すぐ目の前に人影が現れた。それは着物姿の女だった。顔は異様に白く、目は漆黒の空洞。山崎はその場で叫び声を上げようとするが、声は出ない。体も、動かない。

次の瞬間、視界が真っ暗になり、彼はその場に崩れ落ちた。

数時間後……

夜明けが近づいた頃、山崎は警察に発見された。彼は廃屋の中で怯え切った表情でうずくまり、震えながら何も言わずにいた。彼のカメラのメモリーカードには何も残っていなかった。唯一、彼のシャツの袖に付着していたのは、乾いた黒い液体。それはまるで、血のようだった。

後に彼が語った言葉は一つだけだった。

「……あの目が、俺を見ていた」

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