これは私が子供の時に父が聞かせてくれた、ちょっと怖い話です。
父は高校を卒業した後、大学に通うために実家を離れて安アパートで一人暮らしをしていました。
六畳一間に洗面所が付いただけの狭いアパートでしたが、初めての一人暮らしでいろいろと工夫しながら生活するのは楽しかったそうです。
ただ、とにかくお金が無かったので、授業と、所属していたテニス部以外の時間はバイトに明け暮れており、薬局や飲食店、イベント設営など数多くの仕事をこなしていました。部活の無い日なら平日でも午後四時から夜中の一時まで働いていたようです。
おかげで部活の費用はもちろんのこと、服や家具、楽器など、自分の欲しいものを手に入れられるようになりましたが、ある時無理がたたったのか、謎の高熱が出て体も動かせなくなってしまったのです。
だるさと高熱に布団の中で苦しめられている時、突然部屋の電話が鳴りました。受話器を取ると、部活の同期からでした。学校で顔を見ないから一体どうしたのか、と訊かれたので父は体調の事を伝えると、心配した彼がこちらまで来てくれることになりました。
しばらくするとノックが聞こえてきたので、扉を開けると友人が入ってきました。パンと飲み物もいくつか持ってきてくれていたので、ちょうど腹ペコだった父はこれに感激したそうです。しばらく話をしているうちに夕方になったので、友人は部活に行くため部屋を後にしました。
アパートの階段を彼が下りるのを玄関から見送ると、再びだるさが押し寄せてきたので、父は扉を閉めると、ふらつく足取りで布団に入りました。それから、何気なく寝返りを打って玄関の方を見た所でギョッとしました。
玄関の扉に、人間の影が張り付いているのです。それもふたつ。おそらく、先ほど玄関の所に立っていた父と友人が窓から入り込む夕日に照らされたときにできたものでしょう。
もちろん今玄関には誰も立っていないのでそこに影ができるはずがありません。
驚きのあまり視線を外せずにいると、無造作に手を体の横に垂らし下を向いた姿の二つの影が、ゆっくりと、こちらに首を向けようとしているのが輪郭から見て取れました。
そこで父はハッとしたように布団をはねのけ、窓に向かうとカーテンを一気に閉めました。おそるおそる後ろを振り返ると、二つの影はもう消えていました。
それからというもの、父は夕日が差し込む頃には必ず窓のカーテンを閉めるようにしているのだそうです。
異世界の住人が、のぞきにきたのかな?
ひょえ~