腕の夢
投稿者:綿貫 一 (31)
やがて、大きな通りに出た。
乗り捨てられた車が、そこかしこに放置されている。
月光に照らし出された道の先に、すすきの原らしきものが広がっていた。
近づいてよく見るとそれは、長く伸びた、白い、細い――無数の腕だった。
風もないのに、まるで海底の生えるウミユリのように――、
ゆらゆら。
ゆらゆら。
揺れている。
背後にいつの間にか、何体もの腕人間が近づいてきていた。
僕は仕方なく、腕の原に身を投じる。
腕を掻き分け掻き分け進んだ。
顔面を無数の手のひらが撫でてくる。
それらを払いのけ進む。
背後から肩や脚を引っ張られる。
それらを振りほどいてさらに進む。
腕の原を抜けると、道は小高い丘に向かって伸びていた。
丘の上には、最前よりも大きな黄色い月が浮かんでいる。
ブヨブヨした上り坂を難渋しながら登りきると、眼下に廃墟の街並みを一望できた。
街のあちらこちらに、背の高いビルが生えている。
明かりのついていない真っ黒な直方体は、巨大な墓石に見えた。
不意に地鳴りが響き、足元が揺れた。
見えていたビルの一つが、今まさに倒壊しているようだ。
ガラガラと、その身の欠片を地上に降らせている。
それが収まると、ビルはただの直方体から、天に向かって手を伸ばす、巨大な黒い腕にその姿を変えていた。
見ればあちらのビルも、こちらのビルも、すべてが黒い腕に変じていた。
ふと手元に視線を戻すと、今度は僕の右腕が、肘の辺りからかき消えていた。
「ああ――」
空を仰いで、空っぽの声を上げる。
僕の目が、夜空に浮かぶ黄色い濁った月をとらえた。
その月のちょうど真ん中から、何かが降ってきていた。
初めのうち、ただの黒い点にしか見えなかったそれは、見る間に巨大な黒い手のひらとなって、こちらに迫ってくる。
そして終には、夜空をすべて覆い尽くし、地上に降ってきた。
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