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心霊

kwaidanさんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

闇夜の監視者
短編 2024/09/05 06:55 934view

あれは、大学を卒業して数年が経った頃のことだ。

仕事の都合で地方に引っ越すことになり、古いアパートを借りることになった。
家賃が安く、周りも静かで悪くはなかったが、唯一、隣人のことが気になっていた。
何度か顔を合わせたが、彼はいつも無表情で、まるでこちらを見ているのかどうかも分からないような目つきをしていた。

引っ越して数週間が経った頃だろうか。深夜になると、隣の部屋から妙な音が聞こえるようになった。トントントン、と何かを叩くような音だった。

最初は気のせいかと思ったが、毎晩のように続いた。まるで時計のように決まった時間にその音が鳴り始め、朝方になるとやんだ。気味が悪いと思いながらも、忙しい日々に追われてそのことを気にする余裕がなかった。

ある日、休日に家にいると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けると、隣の住人が立っていた。彼は相変わらず無表情で、ぼそっと何か言ったが、何を言っているのかはよく分からなかった。

ただ、不快なほど近い距離に立ち、目を合わせることなく話し続けていた。突然、彼は小さな紙切れを差し出してきた。そこには、雑な字で「夜、音が聞こえるか?」と書かれていた。

驚いた私は、何とか「聞こえますけど……」と答えたが、彼はその言葉を聞いた瞬間、急に顔を上げた。その目は、何かに怯えているようだった。だが、何も言わずに彼は部屋に戻って行った。

それ以来、音は一層ひどくなった。今度は、トントンという規則的な音だけでなく、何かを引きずるような音や、床を爪でひっかくような音が混ざり始めた。

私は眠れない夜が増え、次第に神経がすり減っていった。ある晩、どうしても我慢ができず、隣の部屋に文句を言いに行くことにした。

深夜、時計が午前2時を指していた。音が聞こえ始めたのを確認して、私は隣の部屋のドアをノックした。しかし、返事はなかった。

何度かノックしても反応がないので、ドアノブに手をかけると、あっさりと開いてしまった。中は真っ暗で、かすかにカビの臭いが漂っていた。

「すみません……」と声をかけながら、私は部屋に足を踏み入れた。
だが、足元に違和感を感じて立ち止まった。視線を下に向けると、何かが転がっているのが見えた。それは、小さな人形のようだった。

よく見ると、あちこちに同じような人形が散らばっている。薄気味悪いと思い、早くこの場を離れようとしたその時だった。

「見てるんだよ」

突然、背後から声が聞こえた。振り返ると、隣人が立っていた。顔は真っ青で、汗が額を伝っていたが、目は何かに取り憑かれたように虚ろだった。

「見てるんだよ、夜もずっと……だからあんな音が聞こえるんだ」

彼の言葉に、私は理解が追いつかなかった。
ただ、その場を逃げ出したい一心で、「すみません」と言い、部屋を飛び出した。

翌朝、私はすぐに引っ越しの準備を始めた。
あの部屋にはもう戻りたくないという強い恐怖が、私を駆り立てていた。

それからしばらくして、あのアパートが取り壊されたという噂を聞いた。
隣人がどうなったのかは分からない。
しかし、深夜に聞こえたあの音は、いまだに頭から離れない。

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