1号室:離サナイ
投稿者:うずまき (21)
完全に尿だった。室内が明るければこの点在する水溜まりはおそらく褐色とわかったんだろう。
もう帰りたかった。
でも、この状況はただ事じゃない。
1歩また1歩と奥にある部屋へと足を進める。
足早にはとても向かう気になれなかった。
やがて、異臭の「質」が変わってくる。強烈な尿臭から生ゴミのような激しい腐敗臭へ。
最悪のシナリオが脳裏に浮かぶ。
この強烈な異臭の中だとそれ以外のシナリオが浮かばなかった。
このドアを開ければ全てがわかる。
ゆっくりと開けたその中は、乱雑に閉められたカーテンの隙間から僅かな陽光が射し込んでいる。その光が唯一の救いにも思え、妙な安堵さえ感じた。
背を向けて蹲るアイツがいた。おしゃれだった以前の姿とは全くの別人。肩まであるブラウン系の髪はボサボサに乱れていた。もう何週間も風呂に入ってないんだろう。
何やらブツブツブツブツと意味不明な言葉を口元で小さく発している。
「…大丈夫か?みんな心配してんだぞ?」
漸くかけた言葉は動揺を隠しきれず、不自然に上擦った気がした。
応答も反応もない。
徐に落とした視線の先で、蹲ったままのその手先にある物がカッターナイフだと解るまで、時間はかからなかった。
「おい何して…っ!!」
思わず掴んだ細い腕を陽光が照らす。
そこには無数の真新しい切り傷。まるで服の模様かと見間違う程に乱雑に刻まれた傷からは鮮血が滲み、滴っていた。
「戻ッテクル…ヨネ…。離レナイヨネ…。」
気付けば床には切り刻まれた彼氏の写真がばら撒かれていた。最早ジグソーパズルのピースのようにバラバラだった。
その欠片を1つずつ口を開けた傷に突き刺し、埋めていく。新たな血が吹き出してくる。
部屋に入った時にやけに腕がキラキラしてたのはそのせいだった。
全ての写真の欠片が陽光に反射していた。
もう言葉が見付からず、呆然と立ち尽くすしかなかったし、出来なかった。
その光景を前に、いつのまにか強烈な異臭の事さえ忘れていた。
今、アイツがどこでどうしてるのか、おれは知らない。
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