消えた小沢くん
投稿者:とくのしん (65)
小学校の話になったとき、僕が誘拐事件をでっちあげたという話で盛り上がった。茶化された僕はその会話の中で、彼の存在を思い出した。しかし、相変わらず同級生の誰もが彼の名前を口にすることはなかった。
同窓会のあと、僕は今一度”小沢くん”について考えてみた。彼と過ごした日々を思い返してみるが、それすら作られた記憶なのではと疑いたくなる。幾重にも記憶を辿り、思考を重ねた結果、
“小沢くんは僕の空想の友人、イマジナリーフレンドだった”
僕はそう結論づけた。
それから数年後、日本を震撼させた東日本大震災が起きた。
巨大地震に津波被害、原発問題と日本を襲った未曾有の被害に、僕は何かできないかとボランティアとして被災地に入ることを決意、被災地の片付けを中心に僕は微力ながら尽力した。そうしてボランティアとして被災地入りして1週間経ったある日のこと。
その日僕は炊き出し担当として、被災した方々に豚汁を振舞っていた。長い行列を作る一人一人に声を掛けながら、出来立ての温かい豚汁を手渡していたときだった。
ふいに一人の男に目が留まった。被災者のなかでも一際みすぼらしいその男にどこか見覚えがあったからだ。そしてその男が僕の前に立ったとき・・・確信した。
“小沢くんを連れ去ったあの時の男だ”
豚汁を手に持ったまま僕は固まった。間違いない、あのとき僕の目の前で小沢くんを連れ去ったあの男が目の前にいる。男はやや俯いた顔をあげると僕と目が合った。そして男も固まった。
この間、ほんの数秒だったと思う。周りの音も聞こえなくなるような静寂に包まれた感覚が訪れた。
「あ・・・ああ・・・」
男は僕を見つめ言葉にならない声を漏らす。その表情は今にも泣き出しそうだった。
「た・・・たあかくん・・・?」
呂律の回らないその一言を聞いた瞬間、なぜか唐突に僕は理解した。
“この男は・・・小沢くんだと”
「ほら、早く渡してあげて」
他の係に催促され、僕は我に返った。豚汁をゆっくりと差し出すと、男は両手で包み込むようにそれを受け取った。
「小沢くん・・・?」
豚汁を手渡しながら、僕は思わずそう声をかけていた。受け取った男の手が大きく震えた。豚汁が零れるくらいに大きく震え始めた。そして真っすぐに僕を見据える男の目からは大粒の涙が流れていた。後ろに並ぶ人から早く進むよう促されて小沢くんはゆっくりと先に進んだ。むせび泣きながら何度も何度も僕を振り返り、小沢くんは列に押されるように人混みに消えていった。
「さっきの人、知り合い?」
他の係の問いに「多分」とだけ答えた。
炊き出しが一段落したあと、僕は小沢くんを探した。必死に探した。時間の許す限り、僕は本当に必死になって小沢くんを探したんだ。でも、小沢くんを見つけることはできなかった。
あれから十数年経った。
一度は忘れかけた小沢くんをふと思い出すことがある。
被災地で再会したとき、なぜ彼は僕のことがわかり、僕もまた彼を小沢くんだとわかったのだろうか。
最高にいい話でした!なんかせつなくてジーンと来ました。
鳥肌が止まりません!
今月も投票ありがとうございました。
6月も2作品投稿したのでよろしくどうぞ。
とくのしん
結局無視したんかい………
有り得ない話だけど面白かったです
感動