僕は笑ってないよ
投稿者:バクシマ (40)
「やれやれ。恐竜の足跡の化石しかり、手形はこの世で最も原始的な芸術なんだ。お前にも幼いときに、砂場に自分の手のひらを押しつけて手形を刻印し、えもいわれぬ悦びがあっただろう。それはこの世に自分が存在していることを再確認できたからなんだぞ」
「そうだったかなぁ」
「芸術の本質は『生命』だ。それでどうして砂場の手形を芸術作品ではないと言えるんだ」
「……つまり、あの幽霊が笑って窓ガラスを叩いていたのは、単に僕達に取り憑けられそうで喜んでいたわけじゃないってこと?」
友人はうなずく。
「お前にも分かったようだな。窓ガラスに印された『手形』という作品に、自分という存在を見出していたんだな」
なるほど、そういうことか。彼の理屈なら、今しがた彼によって紙に転写された手形もまた芸術品だ。
そして、この手形の指紋は、本来この世に存在しないのだから、まさに奇跡の芸術品と言えるのか。
しかしまあ、ぶっちゃけ幽霊本人は、別にそんな崇高なことは意図してなかっただろうが。
ともあれ友人はコレクション収集を無事に終え、僕達は家路についた。
そして翌々日、僕は友人宅で手形コレクションを見せてもらった。その数は十個ほどで、コレクションと呼ぶには少ない部類かもしれないが、その入手方法を考慮すれば感嘆すべき数だろう。
そして友人は嬉々としてコレクションの解説を始めた。
この手形はどこそこの心霊スポットで入手しただとか、色々と自慢気に語ってくれる。
しかし、友人の現在一番のお気に入りは、先日僕が同伴したときに獲得した手形のようだ。
「いやあ、どうだい? この手形から溢れる気品はさぁ
お前に分かるかな 分からないだろうなぁ
いいかい 単に目でみるだけではダメなんだ
真の芸術品に向き合うときは、心の目で見るんだよ」
などと、早口にのたまう。
僕は辟易してきたので、部屋のテレビをつけた。
友人はまだ語り足りない様子だったが無視した。
たまたま画面についたチャンネルでは、ニュースをやっていた。
ニュースでは、なんと一昨日に僕達が訪れたトンネルの名前が取り上げられていた。
僕達は食い入るようにニュースに集中した。
「昨日の朝、〇〇トンネル付近で行方不明になっていた警備員の男性が無事に保護されました」
そして続いて、見覚えのある男性が憤慨した様子でインタビューされている様子が映された。
「道路工事の警備の際中に、足を滑らせて崖下に転落してしまったんです。
でも、なんとか崖下から道路に這い上がりましてね。
ソレでトンネルを抜けて街に向かおうとしたんですが、偶然にもトンネル内で停止している車があったんです。
はじめは不審には思ったんですが、クラクションを何回か鳴らしていたものですから、てっきり自分を乗せようとしてくれているのかと思いました。
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