僕は笑ってないよ
投稿者:バクシマ (40)
そして車はトンネルを走り抜けて、やがて、ひらけたところに停車した。
車外に出た僕達は、揃って煙草をふかした。
僕は先程の怪異との遭遇を思い返し、友人に発進を遅らせた理由を問い詰めた。
友人は応える。
「いや、別に俺は単なる心霊探訪をしにきたわけじゃないからな?」
「え?」
「これを見てくれ」
友人は車の窓ガラスを指差す。
そこには、幽霊によってつけられた手形がびっしりついていた。
まさに怪奇現象だ。怪異に出くわした証拠。
すると友人は、おもむろに粉とハケを取り出すや、パフパフと窓ガラスに粉をつけ、そしてハケでその粉を丁寧に落としていく。
これ、見たことあるぞ。
刑事ドラマの鑑識役が指紋採取をするときのやつだ。
そして友人は、手形に妙な紙を押しつけ、すぐに剥がした。
……その紙には手形がしっかり転写されていた。
友人はそれをまじまじと眺め、にんまりと愉悦の表情を浮かべた。「え、なにしてんの」
「これが、俺の趣味なんだよ。コレクションさ。車で心霊スポットに行って幽霊の手形を採集するんだ」
「ほう……度し難いほどにクレイジーだね。それはクヌギの木に蜂蜜塗ってクワガタを採集するみたいな感じ?」
「ああ、それに近いかもな。でも俺の趣味の方が高尚だな」
趣味の貴賤はおいといて、マイナーさと狂人さでは彼に軍配があがるだろう。
「これのどこが高尚なの?」
失礼な質問ではあるが気になるところだ。友人は気を悪くするそぶりもせずに応えてくれた。
「絵画の価値が最も上がるのは、どういう時だと思う?」
「そうだなあ……作品が受賞された時かな」
「確かにそれでも価値は上がるな。しかし正解は、その作者が死んだときだ。もう二度と新たな作品が生まれないということが自明なとき、その作者の絵画は高騰するんだ」
「はあ……」
僕は美術の分野には疎いが、その法則は友人の思い込みの可能性は多分にありそうだ。
しかし、友人は講釈を続ける。
「翻ってこの幽霊の手形はどうだい。すでに死んでいるはずの人物の手形だ。この価値は計り知れないぞ。いわばあの世の芸術家が現世に生んだ、奇跡の作品なんだ」
「作品って大袈裟な……ただの手形じゃあないか」
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