妻との会話
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
「…じゃあ、その時はお願いね。」
僕は姿が見えない妻と他愛の無い会話をしていたが、疲れていたからなのか、徐々にお互いの声が小さくなっていた。
そして、いつの間にか二人とも眠ってしまい、スマホの録画を止めていた。
朝になり、僕は目が覚めた。
妻の様子が気になり、大きな声で
「お、おーい、大丈夫か?」
と呼びかけると
「…何とかね…。」
妻の声を聞いて安心したと同時に、またスマホで録画を始めた。
昨日は夜になって灯も無い中では、まともに録画ができなかっただろう。
朝になって明るくなれば周りの様子も分かってくるし、ネットが通じれば助けを呼べるかもしれない。
とにかく、僕と妻が無事である事を何らかの方法で知らせないといけなかった。
僕は妻を元気づけようとまた話しかけた。
「そ、そうだ、あれ覚えてるか?」
「…何の事…?」
「ひ、披露宴でさ、弟がウエディングケーキを分けてもらって席に帰ろうとしたら、ケーキを落っことして生クリームで転んで大変だった話だよ。」
「…よく覚えてるわ。弟さんが少しおっちょこちょいな所があるのが、あれでわかったのよね…。」
「あ、ああ…。あんな奴だけどこれからも仲良くしてやってくれよ…。」
それから1時間以上経ったころだろうか、誰かの人声が近づいてきた。
「おーい、大丈夫か!?」
声の響き方から、およそ20メートルか30メートルほど先に声の主がいるようだった。
僕は思い切り
「こっちです!」
と叫ぶと、その声はさらに近づいてきた。
わずかに動かせる首をその方向に向けると、それは近所に住むEさんと、たしか東京の大学に行ったという息子さんの姿だった。
しかし、瓦礫が邪魔をしているのか、歩きにくそうな事は明らかだった。
「ちょっと我慢できるか!?生存者がいないか確認しないといけないから!」
「わ、わかりました、こっちは何とか持ちこたえそうなので、大丈夫です!」
僕はそう答えると、Eさん親子は声を掛けながら瓦礫を避けながら辺りを探索していた。
「僕の左の方に妻がいるはずなんです、探してもらえますか!?」
涙が、こみあげてきました。奥さまの心の声だったんですね。
私も涙が出ました。
主人公は極限状態で起こりうる一種の幻聴が聞こえていたんだと思います。助かってよかったですね