拝啓 土の下より
投稿者:綿貫 一 (31)
それだけ言うと、おばちゃんは静かに家の中に戻っていった。
私はすっかりしょげて、祖父母の家に戻った。
おばちゃんの話を聞かせると、祖父は少しの間黙り、それから云った。
「そうか……。
……うん。爺ちゃんも、お姉ちゃんはいないって話は聞いてたんだ。
だからさっき、お前を呼び止めようとしていたんだよ。
残念だが、我慢してな」
祖父は、優しく私の頭を撫でた。
『ほら純くん、蛍だよ!
都会には、こんなのいないでしょ?』
『純くん、早くおいでよ! 水が冷たくて気持ちいいよ!』
『純くん――』
夜になると蛍が飛び回る水田も。
小魚を捕まえたり、水遊びをすることができる川も。
お姉ちゃんがいないというだけで、すべてが色あせてしまったかのようだった。
……
……
……
――カナカナカナカナカナ……
次の日。一番に鳴いたヒグラシの鳴声を合図に、私は夜明け前に目を覚ました。
普段、学校のある時は、母親に布団をはがされるまで起きられない私だったが、田舎に来ている時だけは、不思議と早起きをすることができた。
家族は皆、まだ寝静まっている。
物音を立てないように着替えを済ませ、虫取り網と虫かごを持って家を抜け出した。
昨年までだったら、玄関の戸を開けると、そこにはお姉ちゃんが待ってくれていた。
そして、ふたりで手をつなぎ、私たちが「秘密のクヌギ」と呼んでいた、カブトやらクワガタやらがよく集まる木のある森まで歩いていったものだった。
「彼は誰時(かわたれどき)」というのだろうか。
私は、その時間が一番好きだった。
薄暗く、人の顔もぼんやりとしてわからない。
その薄闇の中、ぼんやりと浮かび上がる、お姉ちゃんの白いワンピース。
夏の、長く充実した一日が始まる前の、刹那の時間。
大好きなお姉ちゃんとふたりきりで過ごす、内緒の時間。
私にとって、それは特別な時間だったのだ。
最後の余韻が怖かった
実話なのか、夏の田舎での早朝の森の様子が手に取るよに分かり怖さを倍増させていてあっぱれです。
ひきこまれました。
うむ🫤
場面の移り変わりや、時間帯や季節の描写が印象的。最後の2行は、主人公が既に闇落ちしていることを示唆しているのでしょうか。