ドタッ
投稿者:綿貫 一 (31)
そう言って、Iさんは少し笑ったが、すぐにまた真剣な表情になった。
「でも、あの時はそれまでとは違っていた。
入居して半年くらい経った頃だ。
いつものように、午前2時前に目が覚めた。
ベッドから出たくはなかったんだけど、どうしてもその、もよおしてね。トイレに立った。
用を足して、寝室に戻ろうとしたら、例の物置部屋から明かりが漏れていたんだ」
後から聞けば、その日の夕方、Iさんの奥さんがその部屋でなにか用事をして、うっかり電気を消し忘れていたものらしい。
「その時、薄く開いたドアの隙間からね、見えたんだよ」
「見えたって……、何が見えたんです?」
「部屋の中に立っている誰かが、だよ――」
もちろんそれは、Iさんの奥さんではなかった。
彼女はベッドの中でぐっすりだ。
男だった。
男の後ろ姿が見えたのである。
「当然、泥棒を疑ったよ。僕と妻以外の人間が、部屋の中にいたわけだから。
でも、泥棒にしても様子が変だ。
わざわざ部屋に明かりなんか点けているし、それに、なんだかぼんやりと立ち尽くしていたからね」
息を殺して見つめていると、不意に男の体がグラリと揺れた。
それから、前のめりに崩れ落ちる。
ドタッ。
あの音だ。
これまでIさんが何度も耳にした、何かが倒れるような音。
記憶の中の音と、それはまったく同じだった。
奇妙な符合にいぶかしみながらも、慌ててドアを開けて、物置部屋の中に踏み入った。
「でもね、誰もいなかったんだ」
男から目を離した覚えはない。
しかし、男の姿は、まるで古い映画フィルムのコマが飛ぶように、一瞬でかき消えていた。
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「それって、幽霊、ですかね……?」
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