火葬技師Mの悪夢
投稿者:ねこじろう (147)
相変わらず棺の中からは、命乞いするかのような男の呻き声が続いていた。
俺は再び振り向くと、
「ひ、棺の中は遺体ではないのか!?」
と上ずった声で尋ねた。
すると男は、
「棺の中が遺体だと誰が言った?
お前が棺の中のことまで考える必要はない。
とにかくお前のやることは、ただその棺を中のモノもろとも焼き尽くしてくれたら良いんだ。」と全く動じることなく言う。
─このままこの棺を炉内に入れ込み、火葬したとしたら、俺のやったことは立派な殺人になるだろう。
そんなことを想像していると心臓の激しい鼓動が始まり、額からは生暖かい汗が流れ頬をつたっていくのが分かる。
そしてとうとう息苦しさに耐えきれなくなった俺は「やっぱりダメだ!」と言って堪らずその場にしゃがみこんで泣き出してしまった。
しばらくするとまた背後から悪魔の囁きが聞こえてきた。
「今あんたが抱いている地獄のような葛藤。
確かに分からんでもない。
誰でも生きている生身の人間を炎で焼くなどという鬼畜の業はそう簡単には出来ないだろう。
ただそれはこの棺に入っているのが善良な市民だとしたらの話だ。
ところであんたには子供さんはいるのか?」
男の質問に俺はこっくりと頷く。
「それではある日突然なんの落ち度もないあんたの子供が無惨に殺されたとして、この棺に入っているのがその犯人だとしたらどうかな?
多分あんたは躊躇なく犯人を棺もろとも焼き殺すのではないか?
男の言葉に俺は静かに頷いた
「そうだろう、そうだろう。それが子を持つ親の気持ちだろう。
では本当は秘密にしておきたかったのだが、あんたには特別に教えてやろう。
実は今この棺に入っている男はある著名な国会議員のどら息子なんだ。こいつは東京にある有名私立大学に通っていて毎日遊び呆けて何不自由のない生活を送っていた。
半年ほど前のこと。こいつは夜泥酔した状態でとある県道を車で走っていた時、2歳の娘の乗った乳母車を押しながら歩道を散歩していた30代の女性を乳母車もろとも跳ね飛ばしそのまま逃走した。
母子は即死。
こいつは後日警察に捕まるのだが、何故か検察は不起訴処分にした。つまり何ら罰せられることはなかった。
理由は飲酒運転などしてなかったし母子は当時歩道ではなく道路の危険なところを歩いていて、跳ねてしまったのも致し方ないということだった」
「ひどい、、、どうして、そんなことが罷り通るんだ?」
俺が呟くと男は続けた。
緊張感がすごくてハラハラしました。
コメントありがとうございます。─ねこじろう
場景を想像したらゾッとした。
こういう話は嫌いじゃないぞ?
悪党焼き払ったの気持ち良すぎ
仕事ぶりが評価され、闇葬儀は繁盛した。私もそこそこの蓄えができ、生活にも余裕が出て来た。必殺仕事人の気分。そう、あの日までは。今、檻を見つめながら思う。情けない生活を送っていたあの日、黒光りする車を見た瞬間、自分は死んでいたのだ。世の中、理不尽なことだらけ。正義なんて存在しない。当たり前だ、自然界を見ればわかる。議員のどら息子?些細なことだ。いずれ皆、死ぬ。世の中、ひとりやふたり、いなくなっても、何事もなかったかのように時間は過ぎて行く。さあ、次の世界へ、いざ。
皆様、コメントありがとうございます。
ねこじろう
私刑執行されたのですね。
主人公の年齢設定だけが少し気になってしまいました。