ドリームボックス

「３度もここに戻って来たのはおまえが初めてだぞ・・・」そう言いながら頭を撫でてやる。まったく暴れることもなく、食欲もあり、犬にはなんの落ち度もない。だが、活動部隊のメンバーが疑問を投げかけてくる。
「この犬がいた家は、みんな不幸な目に合っているんだぞ?　おかしいと思わないか?」

確かに不運がつづいたが、だからといってそれらを犬のせいにするのはあまりにひどすぎる。それこそオカルトである。迷信じみた話はこんなところから発生するのだろう。ボクは反論した。
「犬の立場になって考えてみなよ。安住の地と思っていた里親さんたちが短期間のうちに次々と亡くなるなんて、一番悲しいのは犬の方だよ。ボクらが救ってあげないでどうするの?」

「確かに・・・変なこと言ってすいません」

我々は身体的・精神的医療チェックを行った後、その犬を三たび譲渡会へ出した。
早々と里親も決まり、犬たちの新たな生活がスタートした。

・・・・・・

それからまた数か月後の事。

処分場へ向かっていた活動部隊のメンバーが、退職願を出してきた。
話を聞くと「自分にはもう犬を保護する資格は無い」といって泣き出した。

実はこの日、いつものように処分場へ行き、ドリームボックスの檻を確認すると、
またあの黒い犬がいたという。預けたのはやはり警察・・・。

それを聞いたメンバーは、明日にはその犬がガス室送りにされるというのに、保護せずそのまま見殺しにして帰って来たのだという。

処分ゼロを目指し、一匹でも多くの犬を保護しようと活動してきたのに、あの犬を見た瞬間、「このまま死なせるしかない」・・・と感じ、保護するのを拒否して帰って来たのだ。
自分の中の葛藤に耐えられなくなり、自分にはもう犬を救う資格は無いと考えたらしい。

「それから・・・これ見てください・・・」

彼は雑誌の特集記事のページを開いて見せてきた。

それは最初に黒い仔犬が保護されたときの、例のブリーダーが起こした殺人事件に関する手記であった。

「・・・海外から、悪魔の血を受け継ぐという噂の仔犬を入手した。血統書もなく、いろいろな血が入っているようで犬種の特定は困難だが、一応飼ってみることにした。
・・・・・・
仔犬は夜になると月明りを受け、まるで青く輝いているように見えた。金色の瞳が輝くと、４頭のドーベルマンたちはまるで王にひざまずくかのようにして大人しく並んでいる。
・・・・・・
やがてオレの頭の中に、仔犬が人間の肉を食いたがっているという妄想が沸きだした。どうしてそんなことになったのか、今となってはよく思い出せない。だが、オレはそうして仔犬に食べさせるために、見ず知らずの人間を引き込み、殺し、調理し始めていた。
・・・・・・
だから、３人目を殺したところで警察に捕まって正直ほっとしている。やっとあの仔犬から解放されるのだ・・・オレは精神を乗っ取られていただけで、無実だ・・・」

そんな内容の手記だった。人を殺し、それを犬のエサとして与えていたブリーダー。
彼の与太話をまともに聞いて良いものか? 精神耗弱状態を演出し、死刑を免れようと必死な弁明をしているのではないだろうか?

ボクはメンバーの退職願を慰留し、しばらく活動部隊から離れるよう提案してみた。