夢と現実の狭間に漂う狂気(加筆訂正版)
投稿者:ねこじろう (147)
「先生、わたしね思うんですの」
きちんとセットされたセミロングの前髪を落ち着きなく引っ張っりながら、酒井信子は呟く。
小さな会社の経理事務員のような細面で神経質そうな顔をしており今年で40なのだが、どう見ても10は老けて見える。
ただどことなく上品な所作や言葉遣いをしていた。
「思うって、どんなことをですか?」
目の前に座るブラウンのジャケット姿の男は机の上で手を組み、上目遣いに信子を見る。
無造作に伸ばした真っ白い髪に、銀縁の眼鏡を掛けている。
彼の右手は全面がガラス張りになっており、若い男女の学生たちが楽しげに談笑しながら往き来しているのが見える。
その向こうにはきちんと手入れされた庭園があり、既に大学キャンバスは秋の趣を呈していた。
「全てが夢ではないのかしらと」
信子はキッパリと言いきった。
「夢?」
「そうです。
今朝警察の方々に車に乗せられ、先生のところに連れてこられたこと、それから今先生とお話ししていること、全てが夢ではないのかと」
「ほほう、面白い。
ということは私は現実の人間ではなく、あなたの夢の中の登場人物だと言うのですか?」
男は銀縁の眼鏡を外し子供のくだらない話を聞く親のように眉間を指で揉むと、やれやれと大きく息を吐いた。
背後の壁を埋め尽くす本棚には心理学関連の物々しい学術書がすき間無く並んでおり、広い机の上にはタイトルが英語の雑誌が無造作に積み上げられている。
「そうです。
だからもう少ししたらここは突然真っ暗になり先生もわたしも消えて、わたしはいつものようにいつものベッドで目覚めるのではいかと」
そう言うと、信子は真剣な目で男の顔を覗き見た。
「酒井さん、あなた本気でそんなことを言っているんですか?」
「はい、だって、そんな夢あるじゃないですか。
現実とほとんど変わらないのが。
その中では当たり前に「痛み」を感じるし「寒さ」や「暑さ」も感じるんです。
この間なんかねフフフ、、
わたしったら主人と娘とステーキハウスに行った夢を見たんですのよ。
その時も目の前の鉄板では霜降りの肉が焼け香ばしい良い香りにうっとりしていると油が飛び散り、わたしの手の甲に当たり凄く熱くて、やけどして、、
驚いたわたしの顔を見た主人と娘が大笑いして……
フフフ、、その時なんかも……」
面白かったです